テキスト(連載)

□秘密の関係(完)/こじゆう
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 大島優子は見るからに機嫌が悪そうだった。
 怒ってるというわけではなく、どちらかといえば不貞腐れた感じに近いかもしれない。眉毛はハの字、口はへの字。溢れんばかりの悲愁さが顔に滲み出ている。
 次の収録まで時間が掛かる時は大抵楽屋で控えていることが多いが、優子は一人、スタジオの溜まりにある机に突っ伏していた。吐く息はすべてため息。漫画的な表現をするのであれば、口から魂が飛び出しているような、そんな感じ。
「……なんだよたかみな。何か用かよ」
 いつもよりも二割増し柄が悪いが威圧感は一切ない。離れた席から様子を窺っていた高橋みなみを一瞥した後、顔を隠すようにまた机に伏せってしまった。
「常にポジティブシンキングな優子なのにあんなことで落ち込むんだな」
 嘘発見器をつけてメンバーの本性を暴きだす番組定番の企画。今日の対局は渡辺麻友と小嶋陽菜だった。麻友の一手目にあっさりとボーダーを振り切り、その後の峯岸みなみの発言も相まって、腑抜けた大島優子の出来上がりというわけだ。
「……小嶋さんに苦手って言われた」
「否定してたっしょ」
「ウソを見抜く確率100%に近いっていつも言ってんじゃん! みいちゃんだってあんなこと言うしさぁ」
 実は大島優子が苦手だ、というのが麻友の一手目だった。二人が仲良しだということを知った上でえげつない質問すんなぁ、なんて思ったのとほぼ同時に針が振れてあっけなく一本。違う、と否定した陽菜に対して「優子からの行為に無駄な抵抗をするのをやめたんですよ」と解説員の峯岸が暴露。陽菜の否定も弱々しく、優子はあえなく撃沈。
「好き好き言い過ぎてうっとうしかったかなぁ……」
 また魂が一つ飛び出したような顔になる。
「考えすぎだって。番組の企画内でのことだろー。私なんて毎回誰かのネタにされてさぁ。さっきもされたし……傷つくっちゃ傷つくけど、番組だって割り切ってるよ」
 優子をフォローしたつもりなのに自分で言ってて切なくなった。
 ぶっちゃけあの番組で一番痛手を受けているのは私だろ! と、声を大にして言ってやりたいぐらいだ。
「あーたかみなのはなー。あれもう一本取る定番ネタだよね」
 過去の対局の中で出た数々の弄られ発言が走馬灯のようにみなみの頭を過ぎる。つらい。本気でつらい。番組的にはおいしくても高橋みなみ個人の精神的ダメージが半端ない。
 優子も思い返しているのか口角がわずかにつりあがっている。自虐ネタでいつも通りの優子に戻るならいっか、なんて思いながらも、ちくちくと痛む胸を押さえられずにはいられなかった。
 やっべ泣きそう――
「ちょ、ちょ、もしかして思い出し泣き?」
 ぐっと堪えたつもりが、逆に目尻に力が入って涙が一筋零れ落ちた。
 さすがの優子も突然泣き始めたみなみにぎょっとして席を立つ。
「ち、ちげー! 目にゴミが入っただけだし!」
 慌てて駆け寄る優子に見られたくないと指先で拭って誤魔化しながらも、堰を切った涙は止まるどころか勢いを増して流れ出る。割り切っていたはずなのに、予想外にダメージを受けているということがショックだった。
「わたしに嘘つく必要ないじゃん?」
「やめろよ」
 当たり前のように抱きしめられて、余計に涙が溢れる。
「あ、違う、そういう意味じゃなくて……」
 衝動的に突っ返してしまった時の優子の悲しそうな表情を見て、みなみはバツが悪そうに俯いた。
「衣装、汚れるやん。まだ収録残ってっし」
「まぁ、確かに。んー……」
 少しだけ考え込んだあと「じゃあ」と言って、優子が視界から消える。
「これならいいっしょ」
 なに? と思う間もなく後ろから抱き締め直されて、みなみは小さく息を呑んだ。
「べ、べつに抱き締めてもらわなくたって」
「人はさー。落ち込んでる時に温もりを感じるとほっとするんだって。ほんとは心臓の音を聴かせるのがいいらしいけど、衣装汚れるとか言うし」
「いや、でも」
「なーんでそんな拒否るかなぁ? やっぱあっちゃんじゃないとダメなわけ?」
 自分では役不足なのかと少しむっとした表情になる。
「な、なんでそこであっちゃんが出てくんだよ。関係ねーし」
「そお? めっちゃ仲いいじゃん。あっちゃんだったら抵抗しないのかなーと思ってさ」
 敦子だったら――言われてみなみは想像した。
 もし抱き締めてくれているのが敦子だったら、恐らく自然と身を任せているだろう。一番近くにいて、一番気兼ねなく接することが出来て、何より一番心地良い。言葉を交わさなくたって、敦子は自分のことをわかってくれる一番の理解者だ。
 一方の優子は、敦子とは少し違う。理解者という立場ではメンバーの中では群を抜いても、どこか対等ではない気がする。
 年上だから? 別のチームだから?
 確固たる理由は見つからない。でも何かが違う。その何かに対して、無意識に意地を張ってしまっているのかもしれない。
「ごめん、優子」
「な、なんだよー急に」
 そう思ったら謝らないといけない気がして、みなみはきゅっと優子の両腕を包んだ。不意に甘えられたような感覚に囚われた優子は、みなみ相手に柄にもなく動揺を見せる。
「なぐさめにきたのに逆になぐさめられてて、それなのに何か違うなぁって意地張っちゃって。失礼すぎるわ私」
「そりゃあ、まぁ、普段たかみなに対してこんなことしないし? っつかわたしの前で弱みとか一切見せないじゃん。強がってる部分は見え隠れしてるけど、二人きりになる機会とかあんまないし、あってもくだらねー話ばっかしてるし。たまにはわたしにも甘えろよー。ほんとに嫌だったら離れるけど……」
「嫌じゃないけど……くすぐったいっつーか照れくさいっつーか……反応に困る」
 優しく抱き締められて、温もりを感じて、すぐそばに優しい声があって。陽菜はいつもこんな風に――いや、愛情がプラスされている分もっと愛おしく扱われているのかと思うとちょっと羨ましくなった。
 一方的に優子の気持ちが強いなんて周りからよく言われていても、みなみから見れば陽菜だってまんざらではないような気がしている。優子の行動に対して抵抗をやめたのではなく、ただ素直に受け入れただけなんだと思う。本当に苦手であれば、あれだけスキンシップを取られた場合、一度や二度、顔をしかめていてもおかしくない。
「そういう風に弱いとことか可愛いとこ、もっと出せばいいのにっていつも思う。けどまぁ、現状無理な話だよね。下のコらに示しつかないし」
「……うん。ってさり気に可愛いとか言うなって! 余計反応に困るだろおおお」
「えー。無理。だって今日のたかみなめっちゃ可愛いもん。嫌とか言う割に抵抗してこないし」
「あ、こら、首筋に顔埋めて喋ン……な! く、くすぐったいだろ」
 喋るたびに鎖骨に吐息が掛かって、背中から首筋に掛けて神経がぞくぞくと痺れる。我慢しなければ変な声をあげてしまいそうで、必死に唇を真一文字に噛み締めた。
「みーなみ。もしかして感じちゃった?」
 耳元で囁かれて、一瞬で身体が強張る。
「な、な、な、なに言って」
「めっちゃ顔赤いじゃん! 図星かよー可愛いなぁ。そんな反応されると何かこう、妙な気持ちになるっつーか……」
 抱き締める力が増して、そのわずか数秒の間に空気が変わったことにさすがのみなみも気付かざるを得なかった。
「――してみる?」
「は……な、なにを」
 ごくり、と喉が音を立て、恥ずかしさのあまりに身体がかっと熱くなる。
「こういう雰囲気で、やることってひとつしかなくない?」
 濁すように言われると想像力を掻き立てられるのは必至で、鏡を見なくてもわかるぐらいに頬が火照った。逃げ出そうとしても思うように力が入らない。
「ちょ……ちょ、ちょお、待て、冷静になれよ! 今抱き締めてるのは陽菜じゃないし! 高橋みなみだし!」
 妙に熱を持った言葉に一瞬頭がぼんやりとしたが、優子の指が鎖骨をなぞった途端にはっと我に返った。しかし、魔法に掛かったかのように腕を振り解くことが出来ず、じたばたと赤子のように足だけでもがいている状態。意思に反して上半身が動く気配がまったくない。
 もしかしてこうなることを望んでいる――?
 頭にふっと浮かんだ考えを振り払うようにぎゅっと目を瞑った。
「たかみな」
 呼ばれて、脊髄反射で顔を上げる。
「あっ……」
 しまった、と思った時にはもう優子の手が顎に掛かったあとで、ばっちりと目が合ってしまった。ゆっくりと近づいてくる、端正な顔立ち。近距離に耐えられなくて、必然的に瞼を下ろさずにはいられなかった。
 敦子、ごめん――
 その時、なぜか謝らないといけない気がした。瞬間的に思い浮かんだ顔が敦子だったから。
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