テキスト(SS)
□ゆうちゃんの恋人/こじゆう
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宇宙人、幽霊、人体発火にポルターガイスト。世の中不思議で不可解なことなんて山ほどある。
山ほどあるけど――人間が小さくなるなんて事例生まれてこのかた聞いたことがない。
実際に見たことがあって証拠を持ってる人がいたとすれば、その人はノーベルなんとか賞間違いなしだと思う。
目を覚ましてからというもの、何が一体どうなってるのか頭が混乱しっぱなしだった。
昨日は仕事帰りにゆうちゃんの家に寄って、明日は一日オフだからそのまま泊まっちゃえーって強引に押し切られたのは覚えてる。お風呂に入って、おっきめの部屋着借りて、深夜番組の映画を見てから仲良く布団の中に入って、それで――
「朝起きたらこの有様だった……」
ひとりごちながら一晩で自分の身に何があったのか思い返してみる。でもあの後すぐに寝てしまってそれ以降の記憶がない。記憶がないということはやっぱり寝ただけなのか、それとも寝ている間に宇宙人にでもさらわれて人体実験された挙句記憶を抹消されたとか。
――さすがにそれはないか。あるわけないけど……今の状況を考えるとなきにしもあらずって気もする。
現実に私の体は縮んでいて、隣で寝息を立てるゆうちゃんの可愛い寝顔を見上げてる状態。まるでガリバー旅行記に出てくるガリバーみたいに。
最初はゆうちゃんが大きくなったのかなって思ったけど、周囲を見渡す限りやっぱり私が縮んでしまったらしい。
それにしても一体なんでこんなことに?
わけがわからず云々唸ってると、それが耳障りだったのかゆうちゃんは眉を顰めながら布団を手繰り寄せて耳元まで隠れてしまった。それからまた等間隔の寝息が聞こえ始める。
陽菜がこんなに悩んでるっていうのによく眠ってられるよね……
なんかちょっとムカついて、布団をよじ登ってゆうちゃんの耳元へ。起きろーって叫んでやろうとしゃがみこむとほっぺたの肌がふと目についた。
メイクもしてないってのにきめ細かい赤ん坊みたいな肌。アイドル大島優子の毛穴をこんなに間近で見てるのってきっと私だけなんだろうなって思うとちょっとした優越感が芽生える。ほんとにもちもち肌で羨ましい。
「んー……」
「あ、ゆうちゃん起きた?」
「……にゃんにゃー」
ツンツンとほっぺたを突いていたのが効いたのか、気持ちよさそうに寝息を立てていたゆうちゃんは眠気眼をごしごしとしながら目を覚ました。
……ってここにいたらやばくない?
「ひゃあ……!」
思った時には既に遅く、ゆうちゃんはのろのろと体を起こして欠伸を一つ。肩に迫り上げられた私は何とか髪の毛を掴んで落下を免れた。いくら下が布団とはいえこんな高さから落ちたら確実に複雑骨折――いや、あの世行きだ。
かといってピンチを乗り切ったわけではない。髪の毛を掴んだはいいものの後ろ髪だったために未だ宙ぶらりん状態。いつ落下の危険があるのかわからない危機迫った状況。それにもしゆうちゃんが再び布団に潜ってしまったら、私の体はぺっしゃんこ間違いなし。
『AKB48小嶋陽菜、不可抗力で小さくなった体が大島優子の下敷きになり圧死――』
笑えるけど笑えない見出しが頭の中に思い浮かんだ。
いやいや待った、仮にゆうちゃんが私の存在に気付けばあの見出しでもオッケーだけど、万が一見つからない場合って、
『AKB48小嶋陽菜、大島優子の家から失踪! 芸能界からの逃亡か?』
――とかになったりするのかな。それで何年か経ったあとにあの人は今みたいな番組でメンバーに泣きながら安否の確認とかされちゃったりして。
……笑えない。マジで笑えない。陽菜の人生、そんなんでいいの?
「いいわけないじゃんっ……」
セルフ突っ込みを入れながら必死に髪を伝ってよじ登っていく。
とりあえずゆうちゃんに陽菜のことを認識してもらわなければ話にならないわけで、私は無我夢中で肩先を目指した。
引っ張ってる部分、ハゲたらごめんねゆうちゃん。
「あれ? にゃんにゃん、トイレかな」
「違う、ここ。陽菜はここにいるよ」
「……?」
私の言葉にゆうちゃんは首を傾げながら周囲を見渡す。この様子だと全く気付いていないようだ。
「かくれんぼぉ? 朝からテンション高いねぇ」
「何でそうなんの!? だから違うって言ってるじゃん! ここ、ゆうちゃんの肩先!」
飛ぶのは危険だから何度かその場で足踏みしてみる。
「えぇ? いないじゃんー。嘘つかないでよー」
……ダメだ。どうにもまだ朝のまどろみに囚われたままらしい。
このままじゃ埒が明かない。作戦を変更しよう。
「ゆうちゃん、右手の小指側の側面を肩につけてくれる? なるべく肩と並行になるように」
「んー。よくわかんないけど、はい」
「ありがと。で、私がいいって言ったらゆっくりと、ほんとにゆっくりね? その手を裏返したりしないまま顔の前まで持って行って欲しいの。アーユーオーケー?」
「アイムオーケー。いつでもいいよ」
ゆうちゃんはそう言ってくれたけどやっぱり少し心配だった。落とされやしないかという不安が渦巻いてなかなか最初の一歩を踏み出せない。言ってしまえば超高層ビルの屋上を不安定な土台に乗って作業しているのと同じこと。落ちたら最後、私の人生はここで終わる。
でも自分で決めた作戦なんだからやらず仕舞いでは終われない。こうみえて意外と負けず嫌いなのだ。
最初の一歩、それさえ踏み出せればきっと……!
「いくよゆうちゃん!」
「あ。にゃんにゃん、ちょっち待って」
意を決して足を掛けようとした矢先に制止が掛かる。人が折角やる気になった途端に一体なに、と思った瞬間。
「はっ……くしゅんっ」
目の前の足場が一瞬にして消えて、軽く揺れる体にしがみついた私は硬直しながらゴクリと喉を鳴らした。
こっ……こわ 下手したら今落ちてた、絶対落ちてた!
「ゆ、ゆうちゃん、陽菜の人生が掛かってるんだから……」
「そんなに大袈裟なのぉ?」
人の気も知らないでクスクスと笑い声を上げる。
笑ってる場合じゃないって、落ちたら私死んじゃうんだからさぁ……!
当事者じゃないから事の重大性がわからないのは仕方ない。けど、私のことが好きっていうなら何事も真剣にお願いします優子さん。
「はい、どーぞ。次はダイジョブジョブ」
軽く言い放たれた言葉に私の不安は拭い切れない。むしろすごい勢いで増幅している感じ。
「ほんと咳とかくしゃみとかやめてよね……?」
信用していないわけじゃないけど一応念押ししてから右足を掌に掛ける。肩を蹴るようにして左足を弾いて同じく掌に、乗り切ったところでバランスを保つために私はゆっくりと腰を下ろした。
「いいよ、ゆーっくり顔の前まで持ってってくれる?」
「オッケー」
くすぐったぁいというゆうちゃんの合図とともにゆっくりと景色が変わってゆく。なんていうか、囲いのないゴンドラに乗った感じ。
目的の正面に到着すると普段から大きい瞳をさらに大きくしてゆうちゃんはフリーズしていた。相当驚かせてしまったのかだらしなく口を開けたまま無言だ。
「……小嶋さん?」
ようやく発した言葉は自信がなさそうに。
「うん、そう」
頷くとゆうちゃんはプルプルと小刻みに体を震わせ始めた。
やっぱり驚いてるんだろうな……そりゃそうか、朝起きたら陽菜がいきなり小さくなってるんだもん。誰だって驚くし、一番驚いてるのは私自身だし。
「かっ……」
「ゆうちゃん、実は陽菜ね――」
「かっっっわいいー! ミニチュアにゃんにゃんだぁ!」
……って全然驚いてなくない?
驚いてるだろうけど起きたらちっさくなってたんだって言葉は生まれることなく喉の奥に引っ込んだ。
「すごいすごいすごいめっちゃすごい! どやったのにゃんにゃん?」
「それは私が聞きた――」
「もぉーかーわーいーいー! 南くんの恋人ならぬゆうちゃんの恋人? 上手い、座布団一枚ー!」
テンションたっか! 驚くどころか喜んでるよこの人……
こうなったゆうちゃんはさすがの私でも止められない。いや、止まってもらわないと困るんだけど……
「ゆうちゃん、あのさ」
「にゃんにゃん、頬ずりしてもいい?」
おいおい、陽菜の話も聞いてくれよ……
とはいえそれで静かになってくれるんだったらしょうがない。私は渋々ながらに頷き返した。
「ミニにゃんラブー」
ぐいっと頬と頬を一撫で。
――ちょっと待って、これ、なんかなんかナンカ……!
「いたっいたあああああぁ、痛いっゆうちゃん力強すぎーっ!」
「にゃんにゃあああん」
全然聞いてないし! だから痛いんだってば! 力加減考えろっつーの!
「ねぇ、ちょっと! ゆうちゃ……もおおやだああっ!」
*
「にゃんにゃぁぁん……可愛いよぅにゃんにゃん」
「う……」
重暖かいという何とも奇妙な感覚を覚えて私の意識は覚醒した。すぐ傍で感じる息遣いに暫く呆然とする。
私、生きてる? ここ天国とかじゃないよね?
しっかりしない頭を軽く振って自分の身に何が起こったのか改めて思い返した。
気付いたら小さくなってて、ゆうちゃんにそれを気付かせようとして――
「頬ずりで圧死しそうだった……」
体中から流れ出る嫌な汗がべっとりとして気持ち悪い。シャワーでも浴びて早くすっきりしたいけど、こんなミニマムな体でシャワーなんか浴びたら排水溝に流されてしまいそう。洗面所の洗面台ですら溺れる気がする。
とにかく今はゆうちゃんの手助けが必要なわけで、私は体全体を捻らせてゆうちゃんがいるであろう方向へと向いた。
――その瞬間に訪れる柔らかい、強いて言うならマシュマロのような感触。
何度か瞬きして目の前にあるゆうちゃんの顔が自分と大差ないことに気がつくと、頭の中はぐるぐるとハテナマークで一杯になった。
夢、だった? っていうか私、今もしかして……
ガバっと体を起こすと、いつの間に目を覚ましたのか惚けた顔で私を見つめるているゆうちゃん。
「ゆ、ゆうちゃん……?」
「…………」
「も、もしもーし、優子さーん?」
放心、というよりは心ここに在らずな感じで、唇に指を当てながらじっと私を見つめたまま。一言も発していないのに目力とでもいうんだろうか、とにかく見られているだけで圧倒される。私も言葉を失って、ごくりと飲み込んだ生唾の音がやけに生々しく耳に届く。
「小嶋さん」
「は、はいっ?」
力強く呼ばれた私の声は面白いほど上ずっていた。まるで悪戯がバレた子供みたいに。
ゆうちゃんはゆっくりと体を起こして私との距離を詰めてくる。お得意のスキンシップで逃げられないように私の手を握って、これまたお得意の上目遣いで瞳を潤ませながら。
目の前でこんな顔されたら世の男は死屍累々になるんだろうな、なんて、頭では冷静に考えながらも内心そうはいかない。男ならともかく、女である私は別だ。ゆうちゃんの陽菜への気持ちを知っているからこそ、彼女の今の行動がめっちゃ怖い。
多分、不可抗力でキスしてしまったことを盛大に勘違いしているんだと思う。
ここは先手必勝だ。何か言われる前にこっちから真実を告げないと。
「あのさぁゆうちゃ――」
「嬉しい! やっとその気になってくれたのにゃんにゃん!」
「――……っ」
勢いよく抱きつかれて壁で頭を強打。冗談抜きに一瞬昇天しそうになった。
なんていうんだろう……大型犬に飛びつかれた感というか。目の前にいるのはアイドルの大島優子だけど、私からしてみれば犬だ、犬そのものだ。目に見えない尻尾が今ならばっちり見える。キャンキャン吠えてるし。
「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃぁーん!」
……キャンキャンじゃなくてにゃんにゃんか。
ぐりぐりと頭を喉元に押し付ける仕草なんか完璧にじゃれついてくる犬だ。
「にゃんにゃん好き、愛してる」
「やっ……く、くすぐったいから、やめっ、あははっ」
首元に掛かる吐息がくすぐったくてゆうちゃんを跳ね除ける力すら湧かない。今の私たちは誰がどう見たって仲睦ましくじゃれ合っている犬と飼い主にしか見えないと思う。
『南くんの恋人ならぬゆうちゃんの恋人?』
夢の中でゆうちゃんが言っていた言葉がふと頭の中を過ぎる。
ゆうちゃんの恋人?
とんでもない。そんなことになったら私の体はいくつあっても足りない気がする。これほどのでかいパワーで真っ向から向かってこられちゃ肉体疲労、栄養補給のリポピタンだって何本消費することになるかわからない。
それほどゆうちゃんの気持ちは計り知れない力を持ち合わせているということだ。
「にゃんにゃぁん!」
「あっ……こ、こら! 服の中に顔つっこむなあ……!」
――切実に募集。
誰かこの子の飼い主になってくれる体力自慢の方……!
つづきにあとがき