テキスト(学パロ)

□Fictional
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 誰かのことを好きになるなんて生まれて初めてのことだし、ましてや告白なんて自分からするとは夢にも思わなかった。
 薄暗い天井をぼんやりと眺めながら、数時間前の屋上での出来事を思い返す。
 どうして勢いであんなことを言ったのか、考えても考えてもわからなかった。ともと別れてからひたすら考えすぎた結果がこの知恵熱で、約束の時間はとうに過ぎているのにベッドから起き上がる気力すらない。
 早く行かなきゃという気持ちと、どうせ本気にされてないしという気持ち。
 どちらかといえば後者の思いが強いからか、いまいち焦ったりもしなかった。
 あの時の小嶋先輩は完全に寝惚けていたし、寝言で呼んでいたのも女の子の名前。あのルックスなんだから恋人だって当然いるに違いない。それに、たとえ寝惚けが入っていたとしても、私ごときに構ってくれたこと自体が奇跡に近いような気さえする。

「相手にされるわけないやん……」

 吐き出した言葉は誰に拾われるわけでもなく静かな空間に消えていく。
 校庭ではキャンプファイアーが始まった頃だろうか。カーテンの隙間から覗く明かりと愉しげな音楽や喧騒が聞こえて、誰もいない保健室はより静寂に包まれていた。
 その時、入り口の扉をガラガラと開ける音が響いた。相変わらず建て付けが悪いせいで、静かな部屋だと不協和音にさえ聞こえてしまう。
 扉を閉める音に続いて気配を消すように近付いてくる足音。文化祭が終わったら家まで車で送ってくれると言った幼なじみの麻里子先生だろうか。

「――やっぱりここにいた。まだ熱下がんないのー?」

 控えめに開かれたカーテンの向こうにいた人影に、思わず息を飲む。

「な、んで?」
「なにが? あー、なんでここにいるのがわかったかってこと?」

 それもあるけど、なぜわざわざ保健室まで足を運んでくれたのか。そっちの方が気になったけど、聞ける勇気はなくてとりあえず頷きを一つ返した。

「優子――あ、生徒会長ね。彼女に聞いたから。熱っぽくて保健室で寝てるの見掛けたって」
「そう、ですか」

 言われてみれば数時間前にこの場所に寝ていたのは大島先輩だった。私の何かを知っている素振りだったことを今になって思い出す。

「待っててもこなかったから、まだ保健室にいるんだろうなって。大丈夫?」

 カーテンを割って、小嶋先輩がこちらに近付いてくる。遠慮がちにベッドに腰掛けて、伸ばされた手のひらが額に降ってきた。

「や、約束。覚えてて……」
「当たり前じゃん?」

 私が不安そうに聞いたからか額にあった手はいつの間にか頭にあって、髪を撫でてくれながら何言ってんのって顔で彼は笑う。
 意外だった。寝惚けていたし、あんな口約束のことなんてすっかり忘れていると思っていたのに。

「あー。今意外だって顔した」
「だ、だって……」
「まぁ、チャラく見えるらしいからそう思われても仕方ないんだけどー」

 どこか腑に落ちない感じで吐き出されるため息。

「す、すみません」

 無自覚の相手であれば適当に茶化せるのに、納得いかずで不貞腐れた様子を浮かべられてしまうと謝る以外の術が見つからない。のっけからチャラいイメージがあってその印象のまま今に至るから、そんなことないですよって否定の言葉を掛けられないのはそのせいもある。

「……そんなにチャラく見える?」

 失礼かなとは思いつつも聞かれるがままに頷きをまた一つ。

「そっかぁ。ってか高橋さんってチャラ男が好きなの?」
「むしろ嫌いッス」
「え。じゃあなんで好きになってくれたの?」

 そう返されるのは当然で、でもそれは私自身が知りたい理由でもあった。
 軟派でチャラチャラした男が嫌い。だから今まで恋なんてしたことはなかったのに、小嶋先輩と出会ってから私はおかしくなってしまった。チャラいカテゴリーで括られている彼はどう見ても好みの圏外で、どちらかといえば関わりたくない人種でもある。にも関わらず、だ。出会い頭から胸が高鳴って、あまつさえ告白までして、今だって心臓が口から出そうなぐらいに心拍数が半端ない。
 これを恋と呼ばずになんと呼ぶ?
 そんな風に自問自答したところで恋をしたことがないから、これを恋と呼べるのかどうかの自己判断は出来ないんだけど。

「ひ、一目惚れ、したらしく……先輩の寝顔見てたら、なんか好きだなって、思って、しまって……」

 ああ、もう。自分でも気持ち悪いぐらいに辿々しい。
 才加先輩がいたら間違いなく眉間に皺を刻んでこう言うだろう。
 お前、熱でもあんのか――と。

「一目惚れ?」
「め、迷惑、ですよね……」

 困ったように下げられる眉尻は別の意味で心臓を圧迫する。
 そういう顔をするということはあまり好印象ではないはずだから。その証拠に、迷惑ですよねという言葉を受けた彼は考え込むように口を噤んでしまった。

「あの……」
「んー。迷惑じゃないし、嬉しいよ? でも、キミみたいな素直な子に自分は相応しくないっていうか……」
「それ、遠回しに振ってます?」
「や、そうじゃ、なくて。な、なんて言えばいいんだろ……」

 歯切れ悪く否定されてまで本音が見抜けないほど私だって鈍くはない。
 冷静になって考えてみれば起き抜けに告白したこと自体が間違っていたわけで、それでもわざわざ会いにきてくれたのは彼なりの優しさなんだろうなと思った。本当にチャラければあんな告白は鵜呑みにしないだろうし、待ち合わせ場所にこないからといって居場所を突き止めたりもしないだろうから。
 見かけに反してもの堅い。そんな面を見せられたら余計に気持ちは大きくなる。だけど――

「もういいです。気に掛けてくれてただけでも十分ですもん」

 誠実な人だとわかってしまったら、引かざるを得なくなる。これ以上困らせたくないから、聞き分けのいい子を演じてしまう。

「ごめん、ね。……高橋さんが男の子だったら付き合えたんだけどなぁ」
「……え?」

 ――今、なんて?
 そんな謝罪の言葉の後、少し間が開いてからなんだかとんでもないカミングアウトをされた気がして頭の中が軽く混戦状態に陥った。
 私が男だったら付き合えた、と彼は言った。でも小嶋先輩は男で、男だけど私が女だから付き合えないと言っているように聞こえる。その解釈が間違っていなければ、先輩の恋愛対象は男。だとしたら煮え切らない態度を取られるのもムリはない。

「小嶋先輩、は。男が好きなんスか?」
「え? うん、好きだけど。なんで? ――あ、そっか。そういえばそうだった」

 やけにあっさりと認めた上でよくわからない自己完結を始めて、一体何がそうなのかよくわからない私は訝しげに彼を見上げることしか出来ない。

「れ、恋愛の形は色々だと思うんで、いいと思い、マス……」
「いやいや、それほんとは思ってないよね? てか違うから。勘違いだし」

 何が勘違いなのかわからないけど、そうだと思い込んでしまったら小嶋先輩の喋り方がどうにもなよなよしているように聞こえて、もはやそういう人なんだという変なフィルターまで掛かり始めた。振られて沈み掛けた気持ちも、手のひらを返したように一瞬で浮上する。なんてばかばかしい初恋だったんだろうと後悔すら芽生えきた。

「そんな必死に否定しなくたって」
「べ、別に必死になんてなってないし! あー、もう、めんどくさい。あのさぁ」

 そうして先輩が前のめりに私に迫ってきた瞬間。

「まりこせんせー、いるー?」

 建て付けの悪い扉の開く鈍い音とともに、麻里子先生を捜しにきたような男子の声が静かな保健室に響き渡った。

「ほらみろ、もういないじゃん。帰ったんじゃねー?」
「いや、だって車あったし。くっそーせっかくのチャンスなのにどこいったんだよー」

 チャンス、というぐらいだから後夜祭の誘いでも掛けにきたのだろうか。
 またガラガラと扉が音を立てて、悔しそうな声はしばらく廊下に反響していたけれど次第に遠ざかっていった。
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