テキスト(学パロ)

□三年目の真実
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「じゃあ小嶋が高橋に対して自分は男だって紛らわしい発言をしたわけじゃないんだな?」

 制服に着替えてからバスケ部の部室に集まった私たち。のっけからの重苦しい空気に、帰ろうとしていた才加を無理やり引き留めて正解だったと思う。

「当たり前じゃん。間違われてたことにも気付かなかったのに」
「板野の証言によると、話を聞いた段階で既に男という認識だった。ということは高橋の一方的な勘違いによって今回の事件は生まれたわけか」
「事件って。まぁ、あながち間違ってないですけど……思い違いさせるようなことを小嶋先輩がしたんじゃないんですか?」

 冷静に話しているように見えてかなり高圧的。いくら鈍い私でも、彼女の声色に怒りが込められていることぐらいはさすがにわかる。

「思い違いって言われても。ただ保健室に連れてって普通に手当てしただけで……その時だってほとんど会話なかったし」
「高橋と二人きりだったの?」
「うん。……あ、うそ。優子がベッドで寝てた」

 言われてみれば先に優子がいたことを思い出した。手当てしながら何か喋ったような気もするけど、なんだったっけ。眠かったからあまり覚えていない。

「優子って、大島先輩のことですか?」
「うん。知ってるの?」
「一応、あたしも生徒会なんで。大島先輩との会話で男だって匂わせるような会話しました?」
「えーっと……」

 ここでわからない、覚えてないなんて言ったら火に油を注ぐことは間違いない。完璧に薄れている記憶を何とか思い出そうと頭を捻る。

「質問なんですけど」

 唸っている私に見かねてか板野さんが小さく手を上げた。

「大島先輩は、小嶋先輩のこと普段なんて呼んでるんですか?」

「あだ名ってこと? 小嶋さんとか、にゃんにゃんとか」
「なんか引っ掛かることでもあんのか?」

 なんでそんなことを聞くんだろうと思っていたら才加が代弁してくれた。優子の呼び方に一体何の関連性があるのかわからない。

「やっぱり……」
「なにが?」

 板野さんは小さく呟いて、頭を抱えるように大きく息をついた。私と才加は置いてけぼりをくらって、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。

「諸悪の根源は大島先輩で間違いないです」
「優子? なんで? 理由は?」

 やけに断定的だから矢継ぎ早に訊ねてしまう。
 板野さんはじっと私の目を見つめながら、リク、と誰かが私につけた源氏名をぽつりと呟いた。

「大島先輩にそう呼ばれませんでした?」
「あー……言われてみれば。さっそく下級生の女の子連れ込んでんのーって茶化された気もする」
「それだろおい。小嶋はなんて答えたの?」
「えっと……怪我してるから連れてきただけだし。年下興味ないしって、言った、ような……」

 言葉にしていく内にだんだんと記憶が蘇ってきた。
 確かにあんな格好で押し倒すとかしないとかの話をしていたら男だと思い込んでしまうのも無理はないし、優子が呼んだリクという名前が決定打だったのも頷ける。あの時にいつも通りに呼ばれていたら、あの子はきっと勘違いなんてしなかった。

「なんつー会話してんだよお前ら……」
「だってゆうちゃんが」
「誰だって勘違いしますよね、それじゃ」

 二人はほとんど同時にため息をついて、呆れた眼差しを私に向けた。
 なんで陽菜が悪いみたいになってんの? 勝手に向こうが勘違いしただけじゃん。
 そう思ってはいてもこの雰囲気の中じゃ言葉になんて出来るわけがなかった。
 板野さんは不機嫌モード全開だし、才加は才加でなんか難しい顔してるし。
 今ここでそんなことを口走ったら余計に場を悪くすることは目に見えていたから、さすがの私でも空気を読んだ。

「屋上の時も、寝惚けながら女の人の名前呼ぶから余計勘違いするんじゃん……」
「名前? なんて言ってた?」

 それも、まったく覚えがない。夢でも見ていたのだろうか。

「みみ、って。みなみのこと抱きしめながら。二回呼んでましたけど」
「あー、なんだ。それうちの犬だよー」
「は? 犬? なにそれ紛らわし」
「ごめ、ん……」

 声のトーンを一層下げてからの仏頂面に思わず声が上擦った。
 今日はもう何を言っても穏やかじゃない反応しか返してもらえないような気がする。

「どうしたらいいかなぁ……」
「どうするもなにも、もう一度男装して振ってもらうしかないですよね。みなみが真実を知ったら立ち直れないと思うし」
「そうだな。今なら傷は浅くて済みそうだし。地区大会が近いからあいつに落ち込まれるとこっちだって困る」

 ああ、そういえばバスケ部の後輩だって言ってたっけ。
 彼女がどのぐらいの戦力なのかはわからないけど、才加の口ぶりだと相当なポジションにいるようだ。万が一試合に負けちゃったりなんかしたら、それって私のせいになるんじゃないかなと思った。
 男の恰好をして振るのは簡単だけど、振った後にうまくフォローしなければ、結果的に罪悪感に苛まれるのは私のような気がする。

「なんて言えば傷つかせずに済むかな」

 才加を見ると、私に聞かれても困るといった顔で視線は板野さんへ。それに気付いた板野さんが険しい表情で小さく唸り声をあげる。

「寝惚けてオッケーしちゃったけど、ほんとは付き合ってる人がいるって言うとか……」
「嘘つけってこと?」
「もう嘘ついてるようなもんでしょ……」
「……だよね」

 突き放すような感じはないけど一言一言が手厳しい。すべてが無意識の内での行動だっただけに、納得がいかないというか、いまいち煮え切らないというか。

「一応あたしの方でもフォローは入れるんで、小嶋先輩はなるべくやんわりと振るように心掛けて下さい。あと、秋元先輩はこの件に関しては何も知らない態でお願いしますね」
「お、おう」
「頑張ります……」

 やんわり、なんて言われてもどうしていいのかわからないのが本音で。
 告白された時の状況も覚えていなければどんな子なのかもまったくわからないのに、どういう対応をすればいいのかイメージすら湧いてこない。しかも相手は女の子。私のことを男と勘違いするぐらいなのだから、相当純粋な子なんだろう。
 やりにくい。めちゃくちゃやりにくい。相手がギャルっぽい子なら気兼ねなく振れそうだけど、その逆のタイプとなるとここぞという場面で躊躇ってしまいそうな気さえする。

「あたし、小嶋先輩のこと信じてますから。よろしくお願いします」

 さっきよりも柔らかくなった言葉の節々は、今の私にとっては逆にプレッシャーとなる。

「……うん。一番いい方法考えてみるね」

 考えたところで出るわけがないことぐらいわかっていたけど、もうそう言うしかなかった。
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