テキスト(学パロ)
□勘違いの奇跡
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クラスの店番を終えたら生徒会の見回りの予定だったけど、午前中に満喫してきたという明日香の好意で交替してもらえることになった。公平にじゃんけんで決まったことなのに申し訳ないと思いつつも、高校生活最後だし、それなりに楽しんでおきたい気持ちはあったから素直に甘えておこうと校舎をぶらぶらと散策する。
……とは言っても周りを見渡せば連れ立って行動している人が圧倒的でやや居心地が悪い。
元々見回りに徹する予定だったから誰とも約束してないし、わざわざ誰かと合流しても温度差で浮きそうだし。
ああ、そうだ。小嶋のクラスにでも行こう。それからどうするか考えればいいや。
「あ。秋元先輩」
とりあえずD組の教室へ向かおうと歩き出した途端、突然身体ごと引き留められて足が止まった。
「お、おう。さっきぶり」
振り返らないうちから声の主がわかってしまうぐらいには動揺していて、むちゃくちゃ不自然丸出しな状態で呼ばれた方へ顔を向ける。
「制服に着替えたんですね。可愛かったのに」
「心にもないこと言うなよ」
「あたしが心にもないこと言うように見えます?」
少しふて腐れたように首を傾げるこの仕草。今の私にはものすごく心臓に悪い。
「見え、ないな。……サンキュ。っつかちびはどした?」
振り返った先には板野一人の姿しか見えない。小さすぎて背中にでも隠れているのかと思えばそうでもないようだ。
「みなみは屋上で寝てまーす」
「はあ? 学祭なのに? 寝る子は育つとか信じてんのかあいつ」
「……先輩ってちょこちょこみなみのことdisりますよね。そういうのじゃないけど、ちょっと考えたいことがあるとかで」
「へえ、考え事ねぇ。ところででぃするってどういう意味?」
たまに下級生の使う言葉がわからないのは歳の差なのか、それとも私が流行りに無頓着なだけなのか。時事ネタならまだしも若者の間で交わされる話題や言葉遣いなんかはついていけないことが多い。だからいつもぶっきらぼうで話し掛けにくいなんて影で言われてるんだろうけど。
「ディスリスペクトの省略形、って言ったらわかります?」.
「あー、なるほど。リスペクトの反対語みたいなもんか。でぃする。覚えとくわ」
「先輩は見回り中ですか?」
「や、明日香が代わってくれたからぶらぶらしてるだけ。板野も、その……一人か?」
板野とサシで話をする機会がほとんどないから緊張するのは止むを得ないけど、どう見ても誰かと一緒にいるようには見えないのに当たり前かつ当たり障りのない質問しか出来ない自分が情けなくなった。
それもこれも、さっき佐江が余計なことを言ったからだ。あんな告白めいたことを本人の前で暴露されたら、誰だって緊張が増すに決まっている。
「おひとりさまですね。ちょっとD組の小嶋先輩に用があって」
「お、奇遇だねぇ。私も今からD組行こうと思ってたとこだわ」
「ほんとですか? じゃあ一緒に行きません?」
「え……一緒に?」
しまった。なんで聞き返したんだ私。これじゃあまるで行きたくないと言っているようなものだ。
「……いや、ですか?」
案の定板野は眉尻を下げてじっと私を見つめてくる。
「そ、そういうわけじゃ」
「さっきの宮澤先輩の言葉、あたし気にしてませんから」
まるで心の内を読んだようにふっと笑みが零される。
気にしてないと言われるとほっとする反面、少し寂しくもなった。
実際のところ自分でも板野のことをどう思ってるかなんて正直わかっていない。歳の割には大人びていて無意識に一線を引いているのか、それとも本当にそういう感情があってぎこちない態度を取ってしまうのか。
「……秋元先輩?」
「あ……ごめん。私が気にしすぎてるだけだわ。行こうか」
今考えたところでどうせ結論が出るわけではない。今日ぐらいは何も考えずに過ごすことにしようと思った。
「すみません! どいてください!」
気を取り直して歩き出そうとした矢先、人の波を縫って廊下を猛突進してくる生徒が視界に入った。ひどく慌てた様子でこちらへ向かってきて、位置的に板野にぶつかりそうだったから咄嗟に腕を引っ張って自分の方へと引き寄せる。
「そこの三年! 廊下を走んじゃねぇ!」
「ごめん! 今は見逃して!」
すれ違いざまに顔を見ればD組の佐藤と中田だった。
もしかして小嶋の言っていた交替組はあいつらだろうか。慌てぶりからすると間違いない。
それにしてもこれだけ混雑してる中を平気で突っ走るなんて非常識にも程があるだろう。今は見逃してやっても後で絶対生徒会室に呼び出してやろうと思った。
「板野、大丈――」
――あまりもの近さと柔らかい感触に言いかけて言葉が詰まった。自分で引き寄せておきながら、今になって計り知れない羞恥心が襲い掛かる。
男か私は……!
反応が高校生男子過ぎて本当に救いようがないなと思った。
「あの、先輩……」
いつになく控えめな声が私を呼ぶ。
「な、なに?」
「そんなにドキドキされると……あたしにまで伝染するんですけど……」
「え……ど、ドキドキ!?」
突然そんなことを言うから慌てて身体を引き離してしまった。急に引き寄せたから、バランスを崩した彼女の頭が私の胸元に収まっていたのか。
「顔真っ赤ですよ」
わかってはいたけど、それを言葉にされると余計に熱が上がって赤みはどんどん増していく。じっと見つめられて、身体中の血液が沸騰してるような気さえした。
「ご、め……なんか思ってたより柔らかくて……動揺した」
「はっ? そ、そういうこと口に出して言わないでしょ普通!」
「ごめん、ごめんって! 怒んなよ!」
驚いた。板野でも照れた顔とかするんだ。
普段の距離を置くような態度とは一転して、迫ってきたり叩いてきたり。こうやってみると高橋と同じような感じに見えるから、やっぱり年下なんだなって思う。
「もぉ! なんでニヤけてるんですか!? どMでしょ秋元先輩!」
「ちげーわ! 板野のこういう反応って見たことないから新鮮だなって思ったらニヤけちっただけじゃん!?」
「だって、先輩が男目線でとものこと見るから……誰だって同じ反応するに決まってるじゃないですか!」
「お、男目線なんかじゃないって! 素直な感想述べただけだろ!? ……っていうかちょっと落ちつこう。めっちゃ目立ってるわ」
壁際に寄ってるとはいえ道行く人の視線がさっきから痛いぐらいに突き刺さる。二人して声を荒げているから傍から見れば喧嘩しているように見えるのだろう。私たちの近くを避けるように通る人の群れが、腫れものに触るような流し目をこちらへ向けてくる。
「……すみません」
「私の方こそごめん……とりあえずD組行くか」
「そう、ですね」
ため息とともに吐き出された一言。それきり板野は黙り込んでしまった。
なんだか一瞬にして取り巻く空気が重くなった。
なんでこうなったんだっけ?
思い返すとどう考えても原因は私で、瞬く間に気分すら重くなったのは言うまでもない。