テキスト(学パロ)

□微睡みの告白
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 初恋ってどんなだったっけ?
 屋上へ上がる階段の前でみなみが二の足を踏み始めてかれこれ五分強。その間に記憶を手繰り寄せているけれど、未だに欠片すら掴むことが出来ない。
 幼稚園の頃だっけ、小学生の時だっけ。
 わかっているのは、ただ好きな人に会いに行くだけなのにここまで躊躇ってはいなかったということだけだ。
 告白するわけじゃないのに、みなみはなんでこんな顔をしているのだろう。
 横顔から窺えるその表情はどこか苦しそうで、今にも雨が降り出しそうな程の曇り模様。

「大丈夫? 今日はやめとく?」
「……や。今日逃したらもう話す機会もなくなると思うから……行く」

 逃げ腰かと思ったのに意外だ。

「じゃあ降りてくる前に行っちゃお」

 みなみの手を引いて歩くのはこれで三度目。いつもと立場が逆転していて何だか変な感じがした。
 屋上までの階段は全部で二十四段ある。普通に歩けば二十秒にも満たないのに、相変わらずの牛歩に随分時間が掛かった。

「開けるよー」

 いちいちみなみに合わせていたら日が暮れてしまいそうだから、一応断りだけ入れて返事を待たずに扉を開け放つ。
 屋上に上がるなんていつぶりだろう。
 思い返していると、目先で人影らしきものが動いた。周りを見渡す限り他に人の気配は感じられないから、視界に捉えているのがみなみの想い人である小嶋先輩で間違いない。

「傍まで行くけど、そっからはみなみ一人で行きなね」
「う、ん」

 返事はしたものの心ここに在らず。繋いだ手から伝わる微かな震えから相当な緊張が伝わった。
 なんだ、ちゃんと女の子らしい部分もあるんじゃん。
 バスケバカの幼なじみだと思っていただけに内心ほっとした。可愛い顔をしているのだから、これをきっかけにもうちょっと女の子らしくなってくれたらいいのに。

「ともはここにいるね」

 声を潜めて、三メートル程手前でみなみの手を離す。
 貯水槽のコンクリにもたれかかるように座っている小嶋先輩からはちょうど死角になって声だけが聞き取れる程のベストポジションだ。

「ともちん」
「な、なに?」

 唐突に抱きついてきたから思わずどもってしまった。

「……うし。行ってくる」

 しばらくの間そのままで、気合いを入れるようにガッツポーズしながらみなみはともから背を向けた。
 そういえば試合の時にも何回かこの光景を見たっけ。きっとみなみの中での願掛けみたいなものなんだろう。
 それで吹っ切れたのもあるのか、足取りは幾分か軽くなっているように見えた。怖々と先輩のいる方に近づいて、一度深呼吸をしてから正面に回り込む。

「あの、小嶋先輩っ」

 ――みなみ、頑張って。
 ふと、雛鳥の巣立ちを見守る親鳥の気分ってこういう感じなのかな、と思った。
 ――あれ?
 けれどみなみが声を掛けて以降、何も聞こえなくなってしまった。自分に聞こえないだけなのかなと思ってそっと顔を覗かせると、なぜかしゃがみ込んで一点を見つめるみなみがいて。

「どうしたの?」
「寝てるみたい」
「……ほんとだ。ってかまじで女顔」

 タラシっぽくて天然系でのんびりふわふわ。
 寝顔だけじゃ判断出来ないけど、どことなくふわふわしてそうなイメージは湧く。
 男の人にしては綺麗な顔立ちだし、肌も透き通る程の白さ。細みでごつごつしてなくて、読モやってますって言われても納得出来てしまうぐらいの美男子。
 ……うわ、睫毛なが。美男子というよりどちらかというと美少女の方がしっくりくるような。
 こんな人うちの学校にいたっけ?
 校舎を歩いてたら絶対目立つのに一度も見掛けたことがない。けど、秋元先輩と同じクラスだったらしいし、現に目の前に存在しているわけで。

「寝てたら起こさん方がいいって才加先輩が言ってたやんなぁ……」
「あー寝起き良くないって言ってたね。爆睡してるから起きる気配なさそうだけど」

「ともだったらこーゆーときどうするん?」
「んー。相手が顔見知りだったらこのまま起きるまで待つけど、ほぼ初対面だったら出直すかな」

 もし待っていたとしてもいざ目が覚めた時に会話に困るのはみなみだ。会う前からあれだけテンパっていたのだから、どんな様子になるのかは目に見えている。

「そっか。じゃあ出直す。何喋ればいいかもまだ決めてへんし」
「そうだね。一時間ぐらいしたらまた――」
「う、わわ!」

 みなみが立ちあがろうとした矢先にけたたましく鳴った携帯電話。突然の爆音に驚いたみなみは、バランスを崩して小嶋先輩の上に容赦なく倒れ込んだ。

「いったぁ……」

 かなりの衝撃だったのだろう。苦渋に顔を顰めながら重そうな瞼がこじ開けられた。
 携帯は未だに鳴り響いている。

「す、すみません! すぐどきますっ」
「……みみぃ、いつの間にこんなに太ったぁ? 今日からダイエットだなー」
「ちょ、はな……ってみみって誰やー!」

 のろのろとした動きで携帯を切ったかと思うと、目の前にいるみなみの首根を寄せて抱き締めた。そのまま床に転がって、みなみを抱えたまま再び寝息が聞こえ始める。
 ダメだこの人、完全に寝惚けてる。
 しかも誰かと勘違いしているかのように吐きだされた名前。みみ、なんて明らかに女性で、みなみの言っていたタラシっぽいという意味がようやくわかった。
 寝惚けて他の女の名前を呼ぶなんて、あまり好印象ではない。けど絵面としては――

「案外お似合いじゃん?」

 最初は暴れていたのに次第に大人しくなって、今ではカチカチに固まって抱き枕状態。その様子がなんだか可笑しくて、手助けしようという気はおきなかった。

「た、助け……」
「なんでー? 想い人と添い寝とかそうそう出来ないじゃん。相手寝てるし、いい機会だからゆっくり堪能してみたら?」
「そ、そんなぁ! むり……呼吸困難で死ぬ……」

 ちょっと意地悪してやろうと思ったのに顔を真っ赤にしながら半泣きになっている姿を見るとさすがに可哀想になってきた。こういう場面を目の前で見れることなんてそうそうないけど、このまま続けたらみなみの心が折れてしまいそうだ。

「しょうがないなー」

 上になっている腕を外せばとりあえず抜け出せるだろう。
 そう思って先輩の腕に手を掛けようとした時、再びあのけたたましい音が鳴り響いた。

「あ、これ……アラームっぽい」
「アラーム? 電話じゃなくて?」

 地面に転がされた携帯のディスプレイに映ったのは相手の名前ではなく時計のマークだ。よく考えればまだ衣装のままだし、途中で抜けて仮眠してただけなのかもしれない。

「起こしてあげた方がいいかもね。店番抜けてきてるっぽいし。みなみ起こしてあげて?」
「ま、またそんな無茶振り……」
「起こすだけじゃん。別に無茶なことは言ってないでしょ」
「はい……」

 ぴしゃりと言い放つとみなみは観念したように目を閉じた。何度か深呼吸をしてからおそるおそる先輩の肩に触れて揺り動かす。

「お、起きて下さい」

 いつものような張りのない控えめで弱々しい掛け声。

「んー……みみ、くすぐったいって……」
「だ、だからみみじゃねっし」
「そんなんじゃだめだってば。もっとびっくりするようなインパクトのある言葉掛けなきゃ」

 これがみなみの精一杯なんだろうけど、やり方が生温くて先輩が起きる気配はまったくない。寝起きの悪い人はそれなりの衝撃を与えないと起きない気がする。

「インパクトのある言葉なぁ……」

 唸りながら、考え込むように呟く。
 しばらく一点を見つめたままでいて、それからまもなくして真剣な面持ちになった。
 一体何を言う気なんだろう。
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