テキスト(学パロ)

□同級生
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 男装喫茶なんて一体誰が考えたんだろう。
 クラスのどこを見渡しても男、男、男。普段が完全な女子クラスだから雰囲気が変わると違和感が半端ない。カツラは暑いし衣装は堅苦しいし……普通の喫茶店なら疲労感ももう少しマシだったかもしれないのに。

「リクー。サボってないで接客入ってよ。表さばいてもらわないと回転しないじゃん」

 おまけにどういうわけか源氏名。まるでホストクラブのノリなのに委員長は平然とした顔で私のことをその名で呼ぶ。
 そういえばさっき優子にもリクって呼ばれたっけ。普段と違う名前で呼ばれるとやっぱり変な感じがする。

「ねー。はーちゃん。おなかすいたぁ」
「あれ? お昼まだ食べてなかったの?」
「食べてないよー。陽菜のグループの交代組が帰ってこないからずっと店番やってるんだもん」

 かれこれ四時間は立ちっぱなしで、トイレ休憩で抜けた十五分以外は真面目に店番をやっている。ほんとなら一時で交代の予定なのに、二時を回っても全然帰ってくる気配ないし。いい加減足が棒になってしまう。

「そっか、ほんとなら一時で交替だもんね。こっちはなんとかするから行っといでー」
「ありがとー。三十分ぐらいで戻るね」

 今朝はぎりぎりに起きてしまったから朝ご飯を食べる時間がなかった。ようやく何か食べられると思うとほっとして余計にお腹が空いてくる。
 もうこのままでいっか。
 わざわざ制服に着替えるのが面倒くさいから、衣装のまま教室を出ることにした。
 男装なんてしたことがないから、朝からずっと自分が自分じゃないような気がして変な感じだ。三時間だけって話だったのに未だに男の恰好のままだし、さっきからやたら通行人に見られるし。
 そんなに似合ってないのかな……
 三年の教室だけでも軽く回ってみようかなと思ったけど、チラチラと感じる視線があまり心地良くなくてやめた。購買でパンでも買って屋上でのんびりしよう。
 ――あ、才加だ。
 正面からど派手なピンクの衣装を着た大きい人が歩いてくるなと目を細めたら馴染みのある顔だった。自分の姿が気に食わないのか表情はどう見ても不機嫌全開。

「さーやか」
「……誰?」

 通りすがりに声を掛けてみたら不機嫌顔のままになぜか首を傾げられるし。

「いやいや、陽菜だし。クラスが離れたからって忘れるなんてひどくない?」
「はる……小嶋!?」
「ちょっと……!」

 突然大声を出すから周りの視線が一気に私たちに集中したのがわかった。それが無性に恥ずかしくて、思わず才加の手を取って人通りの少ないところへと引っ張って行く。

「もぉ……いきなり大きな声出さないでよー。ただでさえ悪目立ちしてんのに」

 屋上へ上がる階段の手前までくるとさすがにひと気は少なくなる。そこでようやく才加の手を離して、ほっと一息ついた。

「わ、悪い。本気でわかんなかったから、びっくりして」
「そんなに違う? 顔は陽菜のままなのに」

 いつもと違う点と言えばショートのカツラとバーテンダーっぽい服装ぐらい。あとはアイメイクが少し薄いだけで、特殊メイクをしてるわけでもなくヒゲがついてたりするわけでもなく。
 見た目の雰囲気が変わると二年間同じクラスだったクラスメイトでもわからないものなんだろうか。

「なんか、天は二物を与えるんだなって感じ」
「どういう意味?」
「可愛いくせに格好いいなってことだよ。どっちかでいいから分けてくれよー」
「えーなんで? 才加めっちゃかっこいいじゃん! 綺麗だしさー。そっちの方が分けて欲しいし」

 スラっとしてて細みだけど筋肉質で。顔立ちだって堀が深くて端正。アジア美人って感じ。
 正義感や責任感も強くてしっかりしてるからいつもみんなをまとめてくれるし、何より他人思いで誰にでも優しい。ちょっと不器用なところはあるけど包容力があるから同性に人気があるのだと思う。
 男の子に生まれてたら絶対モテてたよね。なんて、本人には言えないけど。

「小嶋……お前いいやつだな……」
「はっ? なんで泣きそうになってんの」
「う、嬉しくて」

 褒められることに慣れていないのか、目尻に涙が浮かんで今にも零れそうになっている。

「やめてよー! 陽菜が泣かせてるみたいに見えるじゃん」

 人通りが少ないとはいえ、視線を感じることには変わりない。格好が格好だけに変な噂を立てられたら後々面倒くさいことになりそうだ。

「ごめん、つい昂って……んで、なんでそんな格好してんの? ステージか?」
「違うよー。うち女クラじゃん? 誰が言ったか知らないけど男装喫茶が出し物でさー。みんなこんなかっこしてんの。変な源氏名みたいなのつけられるし」

 ホームルーム中にうたた寝していた陽菜も悪いけど、本当に誰が言い出したのか。需要ないだろと思いきやの反響にもびっくりしたし、やたら女の子ばっかり来店するし。今日は驚かされてばっかりだ。

「そっか、小嶋D組だっけ。源氏名ってどんなの?」
「リク」
「へぇ、かっこいいじゃん。自分でつけたの?」
「ううん。これも誰がつけたのかわかんないけどもう決まってたみたい」

 出し物であーだこーだいってるうちに眠くなって、目が覚めたら男装喫茶になってて名前まで決定してて。
 全然決まる素振りなんてなかったのに、いざ決まったらとんとん拍子に話が進むのはさすが女クラというか。ただ、全員が乗り気なわけじゃないようで、ギャルグループなんかは朝から教室にこなかったし、店番の時間になっても戻ってこない子たちもいるし。
 でもまぁ、どんな出し物であったにしろサボる子はサボるだろうし、多数決の時に寝ていた自分が悪いのだから文句を言える立場ではないんだけれど。

「いいじゃん男装喫茶。私はむしろ小嶋のクラスに参加したかった」
「陽菜は才加のクラスがよかったなー。その衣装めっちゃ可愛いもん」
「逆だったら最高だったのにな」
「ねー。早く終わんないかな……」

 互いに漏れるため息。
 高校最後の文化祭がこれかと思うとなんだか少し切なくなった。
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