テキスト(学パロ)

□探し人の行方
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 普段めったに訪れることのない上級生の教室も、文化祭の雰囲気に包まれているといつものような居心地の悪さはなかった。一般客に紛れていれば赤リボンでも目立たないから、そういう意味では落ちついた気持ちでいられる気がする。
 ――って思ってるのはともだけみたい。隣のみなみは居心地が悪いのか浮き足だってそわそわしているのか、一目でわかるぐらいに落ち着きがない。

「みなみ緊張しすぎ」
「だ、だって……もう無理……」

 まだ会ってもいないのにへたれモード全開。実際会ったら倒れるんじゃないだろうか。大丈夫かなほんとに。

「ともが一緒についててあげるから」
「ほんまに? 逃げたりせん?」

 加えて心配症がさらなる心配性に。試合前はみなみを視界に入れたくないと言った部員の言葉も今ならその気持ちがわかる気がする。

「大丈夫。ずっとそばにいるから」

 落ちつかせるように手を握ってあげると言葉なく頷いてから深いため息が吐き出された。
 久々に見たかも、女の子モードのみなみ。

「とりあえずA組から順番に回ってこっか」
「……うん」

 手を引いて促したから歩き始めたものの、その足取りはかなり重い。
 みなみにとっては初恋みたいなものだから仕方ないか。けど、ともにはこういう感覚があった記憶がないからちょっと羨ましくなった。

 うちの学校は一クラス約三十六人の八クラス体制で、生徒の数は八百人強。一学年にしたらおおよそ二百九十人程がA組からH組までに分かれている。普通科のみの極々平凡な学校だけど、二年時からコース選択制になり、文系の社会科型、文系の数学型、理系の三パターンに別れたクラス構成だ。
 つまり、探している先輩がどのコースかわかっていれば検討がつくものの、名前と学年しかわからない状況では一クラスずつしらみつぶしに探していくしか術はない。大島先輩に聞けば一発で判明しそうだけど、本人が嫌がっているのだから骨を折るしか道はなさそうだ。

「そういえばその先輩どんな格好してたの?」

 パンフレットを見る限り今年の三年生の出し物はステージよりも飲食店が多い。内容によって衣装を作っているところもあるだろうから、格好を聞けば的が絞れるような気がした。

「ファミレス? バーテン? なんかそれっぽい格好してた」
「かっちりした格好だったら喫茶店とかカフェ系かな? ってことはH組とD組じゃなさそうだね」
「なんで?」
「女装メイド喫茶と男装喫茶だから」

 女装、男装というぐらいなのだから理系男子クラスと文系女子クラスなのは間違いない。男女混合であればわざわざ装うこともないだろうし。

「ほえー。そんなんあるんや。あとで行こうよ」
「お目当ての先輩が見つかってからね」
「あ、はい……」

 しまった。せっかく上がったテンションを一気に下げちゃった。かわいそうなことしたかな……

「板野」

 みなみの気分をどう持ち上げようか考えていると、落ちついた声に後ろから名前を呼ばれた。

「秋元先輩。こん、にちわ」

 振り返った先にいたのは生徒会副会長でバスケ部キャプテンの秋元先輩だった。普段とは打って変わってのやけにメルヘンな格好に妙な違和感が満載だ。

「ひとり? ……って高橋もいたか。ちっさくて見えなかったわ」
「……才加先輩、毎回高橋に喧嘩売ってるんスか? ともとそんな変わんねっし!」
「ちっさくて可愛いなぁって意味だよ。言わせんな」

 秋元先輩はみなみを見かけるたびに同じネタでいじるのが好きなようで、バスケ部に入部して以来かれこれ二年間、ほとんど毎日このやりとりを聞いているような気がする。さすがのみなみも嫌気が差すのかと思えばそうでもないらしく、子供みたいにほっぺたを膨らましながらいつも拗ねるように怒って。
 きっと先輩が卒業するまで延々続くんだろうな、これ。

「先輩も今日はいつになくかーわーいー。女装趣味に目覚めたんスか?」
「女装じゃねーわ! クラスの出しモンで仕方なく着てんだよ好き好んでこんな格好するかっ」
「あ、女装メイド喫茶の?」
「そうそう。ってお前さぁ……!」

 包み隠さないストレートな皮肉に失礼とわかっていながらも噴き出してしまった。なんだかんだノリツッコミまで入って、ある意味いいコンビだと思う。

「ほんっと高橋と喋ってると体力使うわマジで。んで? 二人で学祭巡りか? 仲良いっつーか、イベントでも部活でも四六時中一緒にいるよなぁお前ら。実は付き合ってんだろ?」
「はい」
「えっ」
「えっ」

 まさかのまも言えないうちにみなみがひとつ返事を返して、あたしと先輩は同じ声を上げながら同じタイミングでみなみを見た。
 その瞬間に小さく鳴り響くシャッター音。

「いえーい! キャプテンのびっくり顔いっただきぃ。待ち受けにしーとこ」

 ――ああ、仕返ししたかったのね。
 疑うことを知らない秋元先輩のことだから騙せると思ったのだろう。案の定、まんまと引っ掛かって本気で驚いた顔を浮かべていた。

「おっま……びっくりさせんな! 普通に信じたわ!」
「いやいや、普通は信じないっしょ。女子同士で付き合うなんて」
「板野と高橋に関しては論外だろ。マネージャーの域超えてあんだけ献身的にマネージメントされてたら誰だって二人の関係を怪しむわ」

 部活でのことを言っているんだろうか?
 とも的には平等に接してるつもりだけど、そんな風に見えてるなんて思わなかった。いかなる時でも全力なたかみなの怪我率がずば抜けて高いから常についているだけであって、先輩が言うような特別な感情なんて一度も持ったことはないし。

「先輩漫画の読みすぎっしょー。あ、それかともに献身的なマネージメントを受けたいとか思ってたり? 高橋に嫉妬してるんスね!」
「そうなんですか?」
「な、なにいって……べ、別にうらやましいなんて思ってないからな! 勘違いすんなよ!」

 どう見ても虚勢を張っているようにしか見えないから、思わず笑いが零れてしまった。
 考えてみれば秋元先輩と部活中に直接関わること自体があまりない気がする。人一倍怪我にも気をつけるし、自分のことは自分でしてしまうし、わざわざマネージャーの手を煩う必要のない人だから日常会話以外でともとの接点があまりなかった。
 むしろ、他人に何かされるのは嫌なのかなとすら思ってたし。部活を見ていても、生徒会を見ていても。
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