テキスト(学パロ)
□恋は舞い降りた
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高橋みなみ、十七歳。高校二年になった今でも、私は一度も恋をしたことがない。
女子校ではないし、部活に全力を注いでいるから恋をする暇がない――というわけでもない。みなみの方が硬派で男らしいよね、と周りの女子から言われるぐらいに、軟派なチャラ男が多すぎて恋をしたいという気にならないだけだ。
だから一目惚れなんて漫画やドラマの世界にしか存在しないと思っていた。
今、この瞬間までは。
「大丈夫?」
派手に転んだ私にすっと伸びてくる手。見上げた先にあったのがあまりにも端麗な顔立ちで思わず息を呑んだ。
「あー。膝擦りむいてんじゃん」
透き通るほどの雪肌に目を奪われているうちに抱き起こされたかと思うと、お礼を言う間もなく強引に私の手を引いて歩き出す。
「あ、の……どこにっ」
「保健室」
ぶっきらぼうにいって、一度も振り返ることなく彼は進んだ。
文化祭で人がごった返した廊下。その波を縫うようにして突き進むから、バランスが取れなくて何度もつまずきそうになった。それでも彼はまったく気にする様子などなく、繋がれた手を振り解くことも出来ないまま、あっという間に保健室へと連れられた。
「あー、リクじゃん! なになに、さっそく店番サボって下級生の女の子連れ込んじゃうわけ? モテる人はやること早いよねぇ」
ベッドの上に寝そべった先客が茶化すように彼と私を交互に見る。
一番最初に視界に入ったのは青色のリボン。ということは三年生かな、と視線を顔に移せばそこにあったのは見覚えのある顔で。
――生徒会長の大島優子だ。
親しげに彼の名前を呼んで、意味ありげにニヤニヤとした笑みを浮かべて。
その口ぶりから、素性を知らない私でも普段の彼がどんな生徒なのかは垣間見えた。
これだけ男前なんだから、何もしていなくても女子が寄ってくるのだろう。それこそ取っ替え引っ替え、軽く十股ぐらいは掛けていてもおかしくないレベルで。
「怪我してるから連れてきただけー。ほら、ここ座って」
彼女の言葉を軽く流しつつ、半ば強引にベッドに座らされた。
「そんなこと言ってそのまま押し倒すつもりなんじゃないのぉ?」
「んー。年下興味ない」
――それ、年下じゃなかったら押し倒してたってことかよ!
心の中で突っ込んで、とんだチャラ男に助けられたと後悔した。
第一印象は紳士的。ちょっと不器用だけどその実優しいナイスガイ。強引さもあって、手を繋がれている間は柄にもなくずっとドキドキしていた。ああ、これが一目惚れなんだって胸のあたりがじんわりと熱くもなった。
けどそれはただの偶像で、蓋を開けてみればその辺にいるチャラ男となんら変わりがないという現実。
一瞬でも一目惚れとか思った私がバカだった。
「い、っ……」
「痛いだろうけどちょっと我慢して」
消毒液は予想していた以上に滲みた。でもそれは最初だけで、慣れた手つきで手当てをしてくれる彼の真剣な姿を見ていると痛みなんて一瞬にして吹き飛んだ。
チャラいってわかってんのに――なんでこんなにも胸が痛くなるんだろう。
「よし、と。ちょっとかっこつかないけどばい菌入るといけないからしばらくガーゼ張っといた方がいいと思う」
「すみません……ありがとうございます」
傷が疼くのか、彼に触れられているからなのか。
擦りむいたところが熱を持って、その熱が全身に伝わっているように身体がかっと熱くなる。思いとは裏腹に胸の高鳴りは一向に収まる気配がない。
「もう廊下は走るなよーおチビちゃん」
「……ちびじゃないです。高橋みなみですっ」
頭をぽんぽんと撫でられてまるで子供扱い。ちょっとむっとしてしまって言い方が刺々しくなってしまった。
「ごめん、みなみちゃんね。もう戻るけど、痛かったら少しここで休んでくといいよ。お大事にー」
「待って待って、あたしも一緒に帰る」
空きベッドでごろごろしていた大島先輩は出て行こうとする彼の手を引き止めるように絡みついて、私が見ている目の前で大胆にも腰に手を回し始めた。
「もー、ゆうこー。歩きにくいって」
「だってリクめっちゃかっこいーんだもん。ひとりじめ出来るのなんて今だけじゃん?」
「毎日ひとりじめしてるくせによく言うよー。てかこんなとこで何してたの?」
「えへへ。文化祭もちょっと落ち着いてきたからさー、休めるうちに昼寝してた」
私の方など振り返ることなく、二人は仲睦ましく身体を寄せながら保健室を出て行った。
付き合ってるのかな、あの二人……
後ろから見ていても美男美女だし、毎日ひとりじめしてるくせにという彼の台詞は付き合っていることをほのめかすような言い方にしか聞こえなかった。
「リク先輩……」
三年生、リク。
私が得た彼の情報はたったそれだけなのに、初めて会った相手、しかもチャラ男に対してこんなにも胸が痛くなったりもやもやしたり。
今日の私は本当にどうかしている。