テキスト(SS)

□蕩けるほどの温もりを/まりみぃ(非リアル)
1ページ/5ページ

 来年のことなんて、私の大好きな幼なじみはきっと考えていない。
 否、暢気な麻里子のことだから考えているわけがない。




蕩けるほどの温もりを




「だーめ。こんなに熱あるんじゃ花火大会なんて行かせられない」

 額に落ちるひんやりとした心地良い手の感触。
 ……違う、麻里子の手がひんやりとしているのではなく私が熱いだけなのだろう。心配そうな眼差しで、それでいて極当たり前のように麻里子は言う。今日の花火大会は中止だからね、と。

「大したことないもん。夕方には下がる……ううん、根性で下げてみせるから」
「下がったとしても病み上がりで人混みに行くなんて持っての他でしょ」
「うー……」

 相変わらず私のことを気に掛けてくれるのは嬉しい。けれどそれがたまに鬱陶しい時もある。
 今日のように前々から楽しみにしていた花火大会へは行かないだとか、私がどれだけ楽しみにしていたのか知っているくせに平然とした様子で首を振るところとか。
 それはまるで最初から花火大会なんて行きたくなかったとでも言うように。

「やだ。絶対行くもん」

 そうダメ元で駄々をこねてみても。

「ダメったらダメ。みぃちゃんが何と言おうと今年は行かない」

 やっぱりそれはダメ元で麻里子は頑として首を縦に振ろうとしない。
 花火が上がるまでまだ半日以上あるというのに、頭ごなしにダメと言われると余計に行きたくなってしまうもの。だけど何とかしたいところでも麻里子は一度こうと決めたら貫き通す頑固なところがあって、覆すことなど不可能に近い。

「とにかく今日は大人しく寝ておくこと。夕方にはバイトから帰ってくるからその時また様子見にくるし。もし熱が下がってたらご飯の後庭で花火でもしよ? 花火大会はまた来年もあるんだしさ」

 そう言っていつものように柔らかく微笑みながら私の部屋を出て行った。
 庭で花火、ね。それも捨て難いけど今年に入ってもう何度もやったことだし、第一同じ花火でも規模が違いすぎる。私は闇夜の空で華麗に咲き乱れる花火が見たいのだ、麻里子と一緒に。麻里子と一緒でなければ花火なんて見る価値はない。
 なのに、今年は行かない、だって。よくもまぁそんな簡単に決断してくれるなと。
 花火大会は毎年あっても、来年も一緒に見れるという保証なんてどこにもないというのに。

 来年のことなんて私だって考えてはいなかった。当たり前だ。来年も麻里子は私の傍に居てくれると思っていたのだから。
 でも、春を迎えたら麻里子は高校を卒業して大学生になる。
 遠くの学校は受けないと言ってはいたけど、気が変わって都会の大学に進学してしまうかもしれないし、もし近くの大学に進んだとしても、そこで出来た友達を優先する可能性だってもちろんある。
 先のことなんてまだまだ予測出来ないけれど、万が一のことを考えると二人で花火大会に行けるのは今年の夏が最後になるかもしれなかった。
 そう思うと例え無理をしてでも見に行きたい、今年はどうしても行かなければならないという使命感にも駆られてしまう。
 こんなことを思うのはきっと私だけなんだろう。来年もあるからとへらへら笑っている麻里子は、事の重大さに全く気付いていない。

 私と一緒に花火を見に行けるのは今年が最後かもしれないんだよ?
 来年なんてどうなってるかわかんないじゃん。

 こちらの気持ちなど一切汲み取ってくれない麻里子の「いってきます」という玄関口からの声に、ほんの少しの苛立ちを覚えながら布団を被る。チリン、と窓際から涼しげな風鈴の音が聴こえても、私の体はより一層熱を孕んでいった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ