テキスト(SS)

□Beats Per Minute/ゆうみな
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 無作為なようで、その実、誰かに仕組まれているんじゃないかと思うぐらいの出来事が続くと、ただの巡り合わせなのか、それともそういう星の元に生まれた宿命なのかと真剣に考えてしまうことがある。
 そんな数ある出来事の内のひとつ。私の心を容赦なくもぎ取っていった、敦子の卒業発表。
 彼女が胸の内に秘めていた思いを吐露する場所に選んだのは、三月に行われたライブの最終日――千秋楽のあのステージ上だ。
 随分と前から相談は受けていたけどまだ先のことだと思っていたから、
「私、言うね」
 耳打ちするようにそう呟いたあと、ステージ上で彼女が言葉を組み立てている時も、正直遣る瀬無い気持ちに押し潰されてしまいそうな感覚に襲われていた。

 ひとつは後輩のために。
 もうひとつは夢に専念するために。

 たとえうまくいかなくても私たちにはAKB48という大きなホームタウンがある。でも、そんな考えを持ち続けているのは単なる甘えだと彼女は言った。
 二足のわらじを履いているメンバーがほとんどの中、いくらなんでもストイックすぎるんじゃないかとも思ったりはしたけど、一度決めたらその意志を貫き通すのが前田敦子という人だ。寂しいから私の傍を離れんなよなんてわがままは、夢に向かって羽ばたこうとしている彼女の羽を折るようなもの。だから私は何も言えず、ただ泣きながら精一杯の笑顔を浮かべることしか出来なかった。
 そんな笑顔の傍らで、今にも崩れてしまいそうなジェンガのようにぐらぐらと安定しない気持ちにも苛まれた。それを誰にも悟られたくなくて、だからピエロを演じていれば気付かれることはないだろうと思った。それなり以上に笑顔は作れたし、敦子本人にさえ、私が通常運転していると思い込ますことが出来たのに。

 なのに、あいつは。
 優子はあっさりと私の仮面に手を掛け、躊躇いもなく剥ぎ取っていきやがった。

 もちろんそのおかげもあって、心の大部分を占めていた気持ちは随分と軽くなった。でも、余裕が出来たところへ今度は別の気持ちが無遠慮に押し掛けてきた。それは本当に厄介で、どうすればいいのかの解決策すら当たり前に浮かんでこない。
「はぁ……」
 結局のところ、悩みの尽きない日々に遊ばれている私。
 今吐いたため息だって今日だけでもう何回目なのか、それすらもわからなくなっていた。



Beats Per Minute



「なーにしかめっ面してんの」
 頭上から降ってきた柔らかい声に、ぼんやりとしていた意識を弾かれる。その方向へ顔を向けるといつの間に隣にいたのか、テーブルに片手だけ頬杖をついたまりこさまが目を細めてじっと私を見ていた。
「し、しかめってました?」
 なんとなくこの人には見切られてしまうような。そんな気がして、私の視線は無意識にまりこさまから少し外れたところへ落ちた。そこで視界が捉えたのは、テーブルの際から半分ほど宙に浮いている安定しない割り箸の袋だ。
 案の定はらはらとテーブルから滑り落ちたそれを掴もうと手を伸ばしたら、あっさりと空を切った代わりになぜか私の手がまりこさまによってしっかりと掴まれていた。あったかいと言うよりはむしろ熱いくらいの温もり。まりこさまってこんなに体温高かったっけ、と疑問符が浮かぶ。
「あの、まりこさま……」
「敦子。これなくて残念だね」
「あー、うん。忙しそうだからなー敦子は」
 新曲の発売があると必然的に歌番組の収録が増える。タイミングが合ったらみんなでご飯でも行きたいねと前からまりこさまが言っていて、夜録りだった今日の収録後に実現することとなった。
 みんなとは言っても高校生や地方から出てきている姉妹グループの子とはスタジオで別れたし、敦子も仕事が残っていたから、結局のところメンツとしては慣れ親しんだメンバーばかりだ。それでも普段からプライベートでは遊びには行かないようなメンバーも何人かいて、いつもよりも不思議で賑やかな空間になっていた。
「で、なんで端っこの方でずっとウダウダしてるのかねキミは」
「う、うだうだなんかしてねっし」
 くすぐるように手を揉んでくるから思わず苦笑いがこぼれた。振り払おうにもまりこさま相手だとなす術がないというか、結構強い力で掴まれているためにそれすらもままならないというか。
「っつかまりこさま……酒入ってね?」
 確かこの人はお酒を飲まないようにしている人だったような。
 そう思ったけど、テンションといい顔色といい、どう見てもアルコールを摂取しているようにしか見えない。
「あー。ウーロン茶と間違ってウーロンハイがきちゃって。仕方なく、ね」
 今度はまりこさまが苦笑いを浮かべて、傍にあったグラスを手に取った。それを当たり前のように飲もうとするから、咄嗟に掴まれていない方の手でそのグラスを奪い取る。
「やだ、みなみったら大胆」
「なに言ってんスか。これは私が飲むから、まりこさまはウーロン茶にしときなよ。っつか酒とソフトドリンク間違えるとかありえねーわー。注文ついでに文句言ってくる」
 席を離れてる隙に飲まれてしまわないように、グラスに四分の一ほど残っていた中身を一気に飲み干す。
「うえ……」
 それはウーロン茶とは言えないほどに独特の味がして、正直、子供舌の私には美味しいとは思えない代物だった。カクテルやチューハイみたいな甘さは一切ない、どちらかといえばビール寄りのお酒らしいお酒というか。
 ぶっちゃけるとそこはかとなくまずい。大人はなんでこんなものを好んで飲んだりするのだろう。
「よくこんなの飲んでたね……」
「なんで無理して飲むかなー。みなみにウーロンハイはまだ早いって。焼酎だよこれ。……てか、なんかイライラしてる? 文句言いに行くとかみなみらしくないじゃん」
 その言葉にうっかり眉間に力が入って、まりこさまはやっぱりねという顔になった。
「んなこと、ないわー。まりこさまだからよかったけど、未成年のメンバーに当たってたら洒落にならんやろー?」
「まぁ、言われてみれば確かに。でも、イライラはしてるよね?」
 話を逸らしたのにまったく逸れることはなく、再確認するようにまりこさまは首を傾げた。
「別にいらいらしてるわけじゃ……そういう風に見えるん?」
「うん。あ、補足。もやもやしてイライラしてる感じ、かな」
 ――相変わらずまりこさまの洞察力はすごい。何もかも見透かされてるんじゃないかと思うと眉根に寄せた皺がより深くなってしまいそうだった。
「敦子――ではなさそうだから。にゃろでしょー。ゆっぴーがずっとくっついてるもんねぇ」
「……まりこさまって探り入れんの好きよなぁ」
「あー、なるほど。ゆっぴーの方だったか。意外」
 一体何がどうなってなるほどなんだ?
 まるで一瞬の挙動で悟ったような口ぶりになって、それに対しても正直に反応してしまう自分の身体が本当に憎い。
「なんでいきなり優子? もうちょいで総選挙やなぁって考えてただけやし」
 図星を突かれたことに焦っているのかウーロンハイを口にしたせいなのか。だんだんと暑くなってきて、意識さえも軽く眩んだ。
「選挙ぉ? なぁんだ。がっかりー」
 いかにもな嘘すぎて余計につっこんでくるかなと心配になったけど何とか誤魔化すことは出来たらしい。私からぱっと手を離したまりこさまは残念そうに口を尖らせて、そのままテーブルに伏せってしまった。
「がっかりって。……あ、なんか飲み物注文します?」
 私がグラスを奪ってしまったことでまりこさまは手持ち無沙汰に手をぷらぷらと泳がせていた。注文しようとした矢先に話が進んでしまって、うっかり席を立つタイミングを失っていたのだ。
「や、いい。時間も時間だから、そろそろお開きにしよっか」
 大きく伸びをしたまりこさまは、精算してくるね、と言ってさっさと私の隣からいなくなってしまった。
 店に入ってからそんなに時間経ってたっけ、と携帯を見たら、なんだかんだでもう0時前。ろくに食べてないし飲み物も一杯しか飲んでいないのに、二時間余りもの時間をほとんど誰とも喋ることなく一体どうやって過ごしていたのだろう。その間の記憶が完全に飛んでいて、まりこさまより自分の方が酔ってるんじゃないかとすら思った。
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