テキスト(SS)

□背中に告げたI Love You/ゆうみな
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 あっちゃんの卒業が公になってからのたかみなは、目に見えて元気がなかった。
 いや、元気があるように見せかけているといった方が正しいのかもしれない。浮かべられる笑顔は全部作り物。ぎこちない、ではなく作り上げられた完璧な笑顔。それはもう連ドラに出ているわたしよりも女優に向いているんじゃないかってぐらいに。
 それに気付いているメンバーもいるけど、まるで腫れ物に触るようにあえてそれをスルーしているから、そのやりとりさえも作り物に見えてしまう時がある。繊細な問題だからそうなってしまうのも仕方ないとは思うけど、見ていて妙にわだかまるというか、胸のあたりがもやもやとして気持ち悪いというか。
『――ゆうちゃん?』
「あ……ご、ごめん。どした?」
 そんなことを考えていた矢先にタイミングよくたかみなから電話が掛かってきたから、通話ボタンを押してからしばらく無言になってしまった。
 いくらなんでもタイムリーすぎだろ。実は近くにいるんじゃね?
 いるわけがないってわかっているのに、きょろきょろと周りを見渡してしまうぐらいにはびっくりしたわたし。
『もしかしてドラマの撮影中やった?』
「うん、そー。ってか珍しいじゃん、たかみなから電話してくんの。なんかあったの?」
『なんだよそれー。なんかないと電話しちゃだめみたいな言い方やん』
 うそつけ。普段はメールすら返信してこないくせに――という言葉は喉の奥に押し込んで。
「そういうわけじゃないけどさー。わたしに掛けてくんのが珍しいなって思って」
 小嶋さん、みぃちゃん、麻里ちゃん、あっちゃん、ともちん。
 ノースリやら一期メンやら、わたし以上に仲良しのメンバーは他にいるわけで、その中でどうして大島優子という選択肢を取ったのかが不思議でならない。だから、必然的に何かあったんじゃないかと思ってしまうのは自然の摂理だった。
『え、と。た、たまには優子と電話で喋るのもいいかなって、思って?』
「……うそつけ」
『う、うそって?』
 あまりにも辿々しい喋り方に勘が働いて、押し込んだはずの言葉はあっさりと喉元を過ぎた。
「誰にも繋がらないから最後にわたしに掛けてきたんだろー? ほんと嘘が下手だよなぁたかみなは」
『や、や、そんなこと』
「この期に及んでまだ嘘つく気ぃ?」
『うー……ごめん……』
 あっさりと告げられる謝罪は肯定を意味するわけで。
 妙にドキドキとしていた胸は落ち着きを取り戻して、代わりにため息が口から零れた。
 たかみなの中にある優先順位で自分の位置がそんなに高くないということはわかっていても、いざ本人が認めるような発言をするとさすがに軽く落ち込みたくなる。彼女に対する気持ちの比重が大きい分、その反動も思っている以上に手酷い。
「……別にいいけど。ちょうど休憩中だったし。たかみなはもう仕事終わったの?」
『あー、うん。今日は早く終わった。優子はまだ掛かりそうなん?』
「撮影はてっぺんまでだけど、わたしはあとワンシーン撮ったら終わりかなー。リテイクがなければ」
『そっかぁ……』
 返ってきたのは元気とは言い難い、ほんの少し寂しそうな声色と気持ち長めの三点リーダー。
「――終わったらそっち行くから。もうちょい待ってろ」
 そんな声を出されたらそう言わずにはいられなくて、突然のわたしの言葉にたかみなは明らかに戸惑っているようだった。
「なんできょどってんの?」
『え……だって、くるって……どういうこと?』
「撮影終わったら会いにいくから待ってろって意味だけど」
『は? い、いいって。……悪いし。早く上がれる日ぐらい自分のために時間使えよー』
 たかみながそういう言い方をする時は大抵が遠慮してるパターンだ。顔を合わせていなくても言葉尻から読み取れるというのに、まさかバレていないとでも思っているのだろうか。
「わたしがたかみなに会いたいんだって。それともなんか先約入ってんの?」
 でも遠慮するなよとはあえて言わない。言ったところで拍車掛かって拒否ることが目に見えているから、こういう時はつむじ曲がりな面を見せてやるのが一番効果的なのだ。
『約束なんて誰ともしてへんけど……』
「ならノープロブレムじゃん?」
『んー……ゆうちゃんがいいって言うなら……』
 ――ほらね?
 チョロいというか素直じゃないというか。
 先の展開を読まれていることになんてまったく気付いていないんだろうなと思うと、口元が緩んで仕方がない。
「いやなんて言うわけねーし。あ、休憩明けるからどの辺にいるのかだけメールしといて。よろしくー」
『ちょ、ゆう――』
 話を引き延ばすとまたごちゃごちゃ言いそうな気配がしたから、容赦なくぶった切ってやった。

 仕事中は何でもすんなり決断するくせに、オフになった途端に迷い箸になるのが高橋みなみという生き物だ。そのギャップを見せてくれるということはそれなりに気を許せる相手だと思ってくれてはいるんだろうけど、振り幅が激しすぎてたまに鬱陶しくなる時がある。可愛いんだけど、どこか気疎い感じがするというか。
 そんな風に思ってしまうわたしも、人のことは言えないぐらいには捻くれ者だよなぁ。
 着信履歴の一番上に表示された名前をぼんやりと眺めながら、またひとつため息が零れ落ちた。
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