テキスト(SS)

□小悪魔なベビーフェイス/まりみぃ
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 頬を打ち抜かれた時に感じる痛みは、少し強めの静電気が瞬間的に走った感覚に近いような気がする。
 そんなことを考えながらわずかに熱を持った頬に触れると、それと同時に睨むような視線に射抜かれて思わず固唾を飲んだ。
「なんで」
 いつものような茶化し言葉は空気を読んで喉元を過ぎず、引っ叩かれた状態で固まったままにみぃちゃんから視線を逸らすことが出来ないあたし。さっきまで目の前にあった笑顔はどこかにかくれんぼしてしまって、代わりに深い皺が眉間に刻まれていた。
「なに考えてんの。なんでいきなりこんなことすんの」
 俗に言う、怒り心頭というやつだろうか。
 声のトーンは落ちついていても苛立ちが込められているのは見え見えで、一つ言葉を間違えればさらなる怒りを誘発してしまいそうな、そんな雰囲気が現在進行形で直下に渦巻いている。

 突如として楽屋の端っこで勃発した喧嘩紛いのやりとりは、どうやら他のメンバーには気付かれていないらしい。それだけでも救いだったけど、手のひらを返したようにご機嫌斜めになった彼女が詰問をするたびに心臓が煩いぐらいにがなり立って、あっという間に焦燥感でいっぱいになった。
 みぃちゃんがあたしに対してここまで怒りを見せることなんて今までにあったっけ。
 思い返してみたけど、それらしい記憶には残念ながら行き当たらない。
「黙ってないでなんとか言ってよ」
 そんな風に言われても紡いだ言葉すべてが着火剤になりそうな状況で言い訳なんて出来るわけがなくて。
 どうしたもんかと考えあぐねていると急に瞳を潤わせるから、不意に胸を突かれて及び腰になった。
「なんで、いきなりちゅーしたの」
 辛うじて保っている涙の膜が微かに揺らぐ。
「か、わいいなって、思って……」
 ぼうっとしているところへ突然やってきたかと思えば、唇乾燥してるよー、なんてお日様みたいなあどけない笑顔を覗かせて。あまつさえ背伸びしながらリップを塗られたりしたもんだから、衝動的にキスしたくなるのも無理はないわけで。
 それが密かに想いを寄せる相手だったりするからなおさらに。
「……なにそれ。誰にでもそう言って軽々しくキスするんでしょ。麻里子ほんと最っ低」
「は? 最低って、なんでそこまで言われなきゃいけないわけ?」
 呆れ混じりに吐き捨てられた言葉に、頭の中で何かが弾けるような音がした。
「ほ、んとのこと言っただけだもん。ってゆーかそっちが悪いのに逆切れしないでよ」
「みぃちゃんだって他のメンバーとはしょっちゅうキスしてるくせに、なんで篠田の時だけそんなに怒んの? 最低とか言われる筋合いないんですけど」
 泣き出しそうな表情は変わらず、それでも彼女は引き下がろうとはしない。
 あたしの何に対して最低と言い放っているのかもわからないし、他のメンバーには許せるのにあたしはダメという理不尽な扱いが悔しくもあり、悲しくもあり。突っぱねるような態度を取るつもりなんてなくても、思いも寄らぬ反応がじくじくと胸をえぐって、ほとんど苦し紛れにムキになっているようなものだった。
 それからみぃちゃんは口を閉ざしてしまって、涙を堪えているのか眉根に寄せられた皺はより深くなった。俯き加減に下唇をぎゅっと噛み締める仕草がさらに胸の傷を深くして、何とも言い難い後悔の念に苛まれる。
 こんな顔をさせたいわけじゃないのに。なにやってんだあたしは。
 勝手に唇を奪っておいて不貞不貞しい態度を取っていたんじゃ、筋違いはあたしだし、逆切れだと言われても仕方がないと思った。
「ごめん。全面的にあたしが悪い。発言も大人げなかった。だから、もう一発殴っていいよ」
 今日の仕事はもう終わりだけど、明日は朝一で雑誌の撮影がある。さすがに同じところを叩かれると確実にほっぺたが腫れるから、さっき叩かれた方とは反対側の頬を差し出した。それでみぃちゃんの気が済むんならと膝を折って、いつ平手打ちが来てもいいようにぐっと歯を食い縛る。
「……殴れなんて言われて、出来るわけないじゃん。ばか」
 あたしの言葉に弾かれたように顔を上げたかと思えば、零れ落ちた涙を隠すようにまた下を向いてしまった。
 最低という言われように加えて泣くほど嫌だったのかと思うとあたしだって泣きたくなるのに。
 ねぇ。他のメンバーと何が違うの?
 最低って思うわけは?
 理由を問い質したくても目の前で泣かれてしまった手前、その気力すら湧いてこなかった。
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