テキスト(SS)

□掛け違えたボタン/こじゆう
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 好きになればなるほど言いたいことが言えなくなって、嫌われたくないから聞き分けのいい子を演じるようになったのは一体いつの頃からなんだろう。
 付き合い始めてすぐだったっけ。それとも去年の秋ぐらいだったかな。
 それすらも思い出せないぐらいに、ゆうちゃんといる時の陽菜は嘘の固まりでいっぱいだ。
『にゃんにゃんごめん。ドラマの撮影が続いてて今日も会えそうにない……』
 だから唐突にそんな電話が掛かってきても、私は躊躇わずに言葉を返すことが出来る。
「大丈夫だよー。まだ外は肌寒いから、体調崩さないように気をつけてね?」
『うん……にゃんにゃんみたいな人が恋人で良かった。じゃあ、また連絡すんね』
「はーい。頑張ってねー」
 ――ほら、嘘に塗れた言葉をすらすらと。
 陽菜みたいな人がの、なと人の間には、かっこで括られた『聞き分けのいい』という言葉が隠れているような気さえする。そんな風に言われたら、少しでいいから時間作ってよなんて喉に引っ掛かることすらしない。
 もはや声だけのやりとりですら定型文になりつつあって、電話を切った後は必ず自己嫌悪に陥ってしまうのだ。
 でも、重いって思われたくないから。従順な彼女でいれば、ゆうちゃんは離れていかないから。
 本音を偽ることに疑問を抱きながらも、ゆうちゃんが陽菜の元から離れていくよりはずっとましだと思った。

 会えなくても仕事の空き時間にはメールや電話をくれて、ちゃんと陽菜のことを気に掛けてくれる。レスポンスは早い方じゃないけど、絶対に返事をくれる律儀な人。
 決して満足はしていない。それでも、私のことが彼女の中に少しでも存在しているのであれば我慢しようと思った。その分、次に会えた時にめいっぱい甘えればいいじゃんって自分に言い聞かせていた。
 でも、さすがに今日ばかりはそういうわけにはいかない。電話を切った後のどうしようもない遣る瀬無さは、付き合うことになってから初めて感じる気持ちだった。

 ねぇ、ゆうちゃん。知ってる?
 今日さ、陽菜の誕生日なんだよ。
 会えなくてもいいから、プレゼントなんてなにもいらないから。
 ゆうちゃんの声で、一言でいいから、おめでとうって言ってよ。

*

 仕事を終えて家に帰りついたのは夜の十時を少し回ってからだった。
 あと少しで誕生日が終わってしまう。一日中個人仕事で今日はメンバーの誰とも会っていない。
 誕生日までのカウントダウンは色んなメンバーが一緒に過ごしてくれて、たくさんのおめでとうを貰ってすごく嬉しくて。いくつになっても嬉しいんだなって、結構幸せを感じていて。
 でも、そこにゆうちゃんの姿はなかった。麻里子に『今日行けそうにない』というメールだけ打って、私には何の一言も連絡はなかった。
 一番欲しいおめでとうは、今年はもらえないのかもしれない。ドラマの撮影で忙しいのはわかってるけど、今日ぐらいは陽菜のこと思い出して欲しかったのに。
「……ドラマみなきゃ」
 木曜日の十時から、ゆうちゃんが出ているドラマが放送されている。会えないゆうちゃんに唯一会えるのがこの時間。
 誰よりも一番傍にいれる存在なのに、液晶画面を通してでしか会うことが出来ないのはすごく切なかった。手を伸ばしてみても当たり前のように温もりも感触もなくて、きらきらとした笑顔を見せる女優の姿に、ただ空しくなるだけだった。
「会いたいよゆうちゃん……」
 かっこ悪いところは見せたくないからと弱ってる時はあまり会ってくれなくて、いつも一緒にいる時は力いっぱいの笑顔を私に向けてくれる。私はゆうちゃんの色んな表情が見たいのに、二人でいる時ぐらい楽しくいたいじゃんって、たまに無理をして笑っているように見える時もある。
 どうして? 陽菜たち付き合ってるんだよね?
 なのに、なんでそんなに気を遣うの?
 だけど、頭ではそう思っていても一度もそれを投げ掛けたことはなかった。問い詰めるようなことをしたら気分を害してしまうような気がして、怖くて言えなかった。
 世間一般の恋人同士もみんなこんな感じなんだろうか。
 ……違う気がする。確かに他人ではあるけど、家族に一番近い存在が恋人だって私は思う。なんでも話せて、出し惜しみせずに喜怒哀楽も見せられて、お互いがお互いを支え合うのが恋人という関係だと思う。
 じゃあ陽菜たちの関係は一体なんなわけ?
 自分で出した問い掛けに、答えなんて出るわけがなかった。

 画面の向こうにいるゆうちゃんを見ているうちに胸がどんどん苦しくなってきて、衝動的にテレビを消していた。 
 しんと静まり返った部屋に、うさぎとみみの足音だけがやけに耳につく。
 うさみみにご飯あげて、お風呂にも入って。明日のスケジュールの確認だってしなきゃいけないって頭ではわかっているのに、動くのが億劫で倒れ込むようにベッドに突っ伏した。

『だめだって、服が皺になっちゃうじゃん』

 部屋着に着替えないままごろごろしていると、ゆうちゃんはいつも優しく叱ってくれる。私と違ってきっちりしているから、だらしないところはあんまり好きじゃないらしい。
 それでも呆れることは絶対になくて、しょうがないなぁなんて言いながら笑い掛けてくれる。陽菜のだらしないところを、余すことなく全部フォローしてくれる。
 本気で怒ってくれないと直らないからと言っても、世話を焼くの好きだからと言い返されて、彼女はわざと陽菜を甘やかすのだ。
 何でもしてくれるゆうちゃんと付き合うようになってから、私はよりダメ人間に近付いたんじゃないだろうか。だから余計に依存しがちになって、結果的にこういう時の対処の方法が全然わからなくなる。
 寝ても覚めてもゆうちゃんのことばかり考えて、少しの間会えないだけで息苦しささえ覚えてしまって。
 まるで親元から離れられない子供みたいだ。ゆうちゃんがいなきゃ、私は何も出来なくなってしまった。

 もしかして最近二人で会うことが少なくなってきたのは、私のそういう部分に愛想を尽かしてきたことも関係しているのだろうか。
 前に雑誌の恋愛特集かなんかで、自然消滅させるには少しずつ距離を取ることが効果的と書かれていた記事をみたことがあるけど、ありえないことじゃないなと思った。現実に、本体だけの収録の時も現場で絡むことは少なくなったし、メールや電話だって最初に比べたら確実に減っている。
 むしろ、別れようって言われるのも時間の問題なのかもしれない。
 もし本当にそうなった場合、私はどういう態度を取るんだろう。そういう時も聞き分けのいい女を演じて素直に引き下がってしまうのだろうか。
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