テキスト(SS)

□ここが私の指定席/ノースリ
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 私には二人のお姉ちゃんがいる。
 一人はメンバーの中で一番可愛くて、可愛いけどそれに甘んじず意外と真面目で、それでいてめちゃくちゃ優しくて。時折柄が悪くなるところはあっても嫌みっぽさは全然なくて、見た目に反してギャグセンスの高い、秘めたポテンシャルを持ちあわせている人。
 もう一人はメンバーの中で一番涙もろくて、無駄に暑苦しくて、偶然にも私と同じ名前を持っていて。何百人といるグループをまとめあげるずば抜けた統括力がある一方で、ふにゃふにゃと腑抜けた一面もある軟体動物、時々、女の子を見る時の目が野獣な、どうみても思春期の少年にしか見えない人。
 そんな二人のお姉ちゃんと一緒に組んでいるユニットがノースリーブス。
 よく成り立ってるよなぁと思うぐらいにはまったくタイプの違う二人だけど、それでもいくつかの共通点がある。

 私をめいっぱい甘やかしてくれるところ。
 落ち込むことがあってもいち早く気付いてくれてとことんなぐさめてくれるところ。
 年上なのに私を頼ってくれるところ。
 常に私と同じ目線で接してくれるところ。
 どんな時でも私のことを一番に考えてくれるところ。

 挙げたらキリがないくらいの共通点はほとんど私に関係することばかりだ。もちろん私が勝手に思っているだけだから本人たちは無意識かもしれない。
 本体の大人数に比べたらたった三人きりだけど、安定さ、面白さ、居心地の良さ、仲の良さは他のユニットとは比べ物にならないほどバランスがとれているし、ユニット対抗の勝負事があるとすれば絶対に負けない自信はある。
 ごくごく稀に他のユニットが羨ましいなぁって思う瞬間があっても、やっぱり大好きな二人がいるノースリーブスが一番。私たち三人をまとめて引き抜いてくれた今の事務所には本当に感謝している。

 ――とはいえ。
 お姉ちゃんみたいで大好きな二人に対してもいらっとしてしまう部分は正直あるわけで。

「なんなのあれ! リハにないことしないでよバカ!」
「ごめんて何回も謝ったっしょ? いい加減機嫌直せよなー。っつか私だけちゃうやん」
「みぃちゃんは別にいいもん」
「っからさぁ、なんでみぃちゃんはよくて高橋はダメなんだよ!」
「えー。たかみなはなんかやだ」
「も、そのさ、なんかいやっていう抽象的な言い方すんのやめろよぉ……! はっきり言えよはっきりと!」
「いやなもんはいやなんだからしょうがないでしょ! 怒鳴んないでよばか!」

 そう、たとえばこういうところとか。
 お互い意識しあってるくせに本人たちはまったく気付いてなくて事あるごとに始まる言い争い。私から見たら痴話喧嘩にしか見えないし、いい加減慣れたとはいえやきもきさせられて無性にイライラしてしまう。

 事の発端は生放送で私が陽菜のほっぺにちゅーをしたことに始まる。
 事前に打ち合わせをしたわけではないから、私を真似たらしいたかみなも陽菜のほっぺにちゅーをして、放送中はにこやかにしていたけど終わった途端に事態は一転、今に至るというわけだ。
 普段から他人事にはあまり興味を示さない陽菜がここまで感情を剥き出しにするのは決まってたかみなに対してだけだし、相当気を許していないと態度になんて出さないと思う。だからきっとたかみなのことが好きなんだろうなぁと勝手にフィルターを掛けてしまっているけど、実際のところどうなのかは本人に確認したことがないからわからない。
 一方のたかみなも陽菜のことが好きだの嫁にしたいだのメディアを使ってまで公言してる割には、売られた喧嘩は買いますの負けず嫌い根性が突出して、結果的に陽菜を煽るような形になってしまっているし。
 最終的にはたかみなが折れて謝り倒し、ご機嫌を取って丸く収まるというのがいつもの流れになっているけど、毎度おなじみのコントのオチみたいになることがわかっているのであれば始めから二人とも素直になればいいのにっていうのが私としての見解だ。

 まぁでも、今回の件に関しての原因は主に私にある。
 夜も遅々でめっちゃ眠いし、明日は朝から紅白のリハがあるし、早いとこ諌めて家に帰りたい。

「もー。子供じゃないんだから二人ともいい加減にしなよ。悪いのは私だから。ごめんね」
「なんでみぃちゃんが謝る? なにも悪くないでしょー」
 ああ、ほら、絶対そう言うと思った。
 たかみなのことは責めるのに、私に対しては大抵擁護するような発言の方が圧倒的多数。
「ちがうー。私が陽菜に内緒でやろうって言い出したの」
 え、の口をしたまま弾かれたように顔を上げたたかみなへ陽菜に気付かれないように目で合図を送る。
 本番前に口裏を合わせていたなんてもちろん出まかせだ。私が勝手な思いつきでやって、たかみなはただそれに便乗しただけ。でもそれだと陽菜は機嫌を損ねたままだから、私が計画したと言えば少しは落ちついてくれるかなと思った。
「そうなのー? それならさーはじめっから言ってくれたらいいじゃん」
「ごめんごめん。びっくりさせたかったんだもん」
「びっくりさせすぎだし! しかもさー生放送で、あんな……」
 数分前の出来事を思い返すように陽菜の顔がみるみる赤くなっていく。
 一見気が強そうと見せかけておいて、その実超がつくほどの照れ屋さんなところは本当に死屍累々の可愛さだと思う。こういう恥じらうような顔を惜しみなく出されたりすると、たかみなが陽菜に対して中学生男子みたいな態度になってしまうのも妙に頷ける。
「うーだめだー。陽菜が可愛すぎて七センチ背伸びしたいキスしたいよう」
「みぃちゃんと陽菜じゃ七センチも差、ないでしょー?」
 隙を見計らって正面から抱きついても当たり前のように抱きしめ返され、キスしたいという私の言葉などまるで右耳にも入っていないかのように、至って冷静に彼女は言う。
 陽菜はどんな時でも絶対に私を拒絶したりはしない。それはきっと私のことを妹みたいな存在に見ているからだと思う。
 もしこれがたかみなだったら抱きついた時点で突き飛ばされて、耳まで沸騰した状態で顔を顰めていたに違いない。
「七センチあるよー。陽菜絶対身長伸びてるでしょ」
「それ言ったらみぃちゃんなんてもっと伸びてるじゃん? だから七センチもないと思う」
「そうかなー。っていうか別に七センチはどうでもよくて。ちゅーしていい?」
 ペディキュアの名残で適当に七センチと口走っただけであって本来の目的はただちゅーがしたいだけ。
 陽菜の鎖骨に埋めていた頭を少しだけ押し上げて訊ねると、柔らかく微笑んだまま「だーめ」とたしなめるように頭のてっぺんをぽんぽんと撫でられた。
「えー。なんでぇ?」
「さっきしたでしょー。この悪戯っ子め」
「いったぁ」
 不満そうに唇を突き出したら、めっ、ってまるで子供に対して怒るような軽いでこぴん。怒り方ひとつにしてもここまで可愛いともう反則レベルだと思う。
「だってさー、せっかくの生放送だからさー、インパクトあることしたら売り上げに繋がるかなって。ねえ、たかみな?」
 私と陽菜のスキンシップを完全に蚊帳の外から眺めているたかみなを、陽菜に抱き付いたまま顔だけ横から覗かせて会話に混ざるように促す。
「う、うん、そう」
「なにそれー」
 羨ましそうに私を見ながらの曖昧な相槌。それからすぐため息をついて、少し落ち込んだように目を伏せた。
 隠しておけない気持ちが顔に出てしまうたかみなも見ていて非常にわかりやすい。
 ここまで顕著に構って欲しいオーラを出すくせに実際は何も行動出来なくて、さっきみたいにたまに勇気を振り絞ってみたら照れた陽菜に軽く足蹴にされてしまって。
 見ていてかわいそうになる時もあるけど、それはもう惚れた相手が悪いとしかいいようがない。
 私の時とは違ってつんけんされたりあしらわれたりする意味に果たして気がついているのかいないのか。恐らく、そういう態度を取ってしまっている陽菜本人も気がついていないから、いつまで経っても二人の距離が縮まらないのだと思う。
 仕方ない。もどかしい二人のためにここはみぃちゃんが一肌脱いであげるとしますか。
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