テキスト(SS)
□crazy for you!/ともみな
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始まりがあれば必ず終わりもある。
だからこの気持ちにもいつかきっと終わりが来るんだって思って過ごしてきたけど、もう何年も経つのに一向に冷める気配がない。それどころか月日が経つほどに大きく膨らんでいるような気さえして、感情を上手くコントロールすることもままならない状態。
どうしてこんな風になってしまったの?
どうしてキミを好きになってしまったの?
ねえ、どうして――
*
「急に誘ってごめんなー。仕事大丈夫やった?」
おしぼりで手を拭きながら、こちらの様子を窺うようにみなみがじっと見つめてくる。
「大丈夫だよー。みなみがメールくれるなんてびっくりしちゃった」
今から会えないかな、というメールがきたのは雑誌の撮影が終わりかけた夕方頃。連絡しても折り返しがこないことで有名なみなみからのメールだから、なにかあったのかと思うとどきどきして残りの仕事が手につかなかった。
「どうしたのー? 歌いまくってストレス発散したかったとか?」
誘われてやってきたのは飲食店ではなくカラオケボックスだ。てっきりご飯でも食べながらだと考えていたけど、どこに行きたいとか聞かれるまでもなくここへ連れられてきた。その割にはマイクやデンモクには見向きもしないから、やっぱり何か話したいことがあるんだと思う。
「そういえば二人でカラオケって行ったことないもんなー」
「カラオケどころかご飯も一回しか行ったことないじゃん。あの時も結局敦子がきたし」
いつだったかみなみと初めてご飯を食べに行った時。どういう流れかは思い出せないけどなぜか敦子が合流することになって、結局三人になったことがあった。普段から仲が良いしとりわけ嫌というわけではないのに、その時ばかりは意図的に邪魔されたような気がして正直悔しかったのを今でも覚えている。
誰よりも一番みなみの傍にいて、誰よりも一番みなみと過ごしているのは敦子なのに。
少しの時間ぐらいともに分けてくれてもいいじゃんって、お好み焼きを食べながら笑顔の裏で嫉妬していた。
いつものように笑っていた敦子も目の奥はどうみても冷ややかで、三人で愉しそうに談笑しているように映ったかもしれないけど、あたしと敦子の中での小さな確執は確実に生じていたと思う。
思えばその頃からかもしれない。撮影や収録の時に敦子がみなみにべったりしていたり、近くにいるだけで二人から距離を取るようになってしまったのは。
どちらか片方であれば普通に接することが出来るけど、二人が一緒にいるのを見ているだけで胸が苦しくなって、身体が無意識に離れたがってしまう。もうほとんど拒絶反応に近かった。
「あの時はごめん。来たいって言われたら断れんくて」
「知ってる。あっちゃんにデレデレだもんね、みなみは。今日は呼ばなくていいの?」
素直じゃないというか捻くれているというか。
軽く流せばいいものを余計な言葉付きで返すから必要以上にもやもやするのに、どうしてこうも竹やり精神のような態度しか取れないのだろう。
「デレデレちゃうわー。今日はともと話したいことがあるからさ。他のメンバーにはなんも言ってないよ」
「そ、なんだ……けどカラオケで話したいことって?」
ただ話すだけなら普通のお店でもいいのに、あえてカラオケを選んでいるところが気になった。ともと話したいことがあるなんて真面目な顔で言われると、それだけで心臓がきゅっと萎縮する。
「居酒屋の個室でもいっかなって思ったけどガヤガヤしとったら落ちついて話せんやん? ここやったら静かやし誰にも邪魔されんかなって」
「確かに静かではあるよね。でもさ、ちょっと近くない……?」
そこまで狭い部屋ではないし、左右にもソファーはあるのになぜか横並びで正面を向いて座っているあたしたち。少し動けば肩が触れてしまいそうなほどの近距離にさっきから落ち着かなくて、グラスの氷をストローで突いてばかりいる。
「いや?」
「や、やじゃない、けど……」
「けど?」
真剣な眼差しのままにみなみは首を傾げる。まさか追求されるとは思わなかったから言葉に詰まってしまった。
「……なに、なんか今日のみなみ、いつものみなみじゃない」
ライブの時は気が張ってるのもあって常に男の子モード。その反動かオフの時はふにゃふにゃしてて人の話を聞いてるのか聞いていないのか状態のくせに。
なんで今日に限ってこんなに強気なの?
そんなに見つめられたら逆に目を逸らせなくなってしまう。
「あ、いや。今日は真面目に話しようって思ってきたからさー。けど、そんないつもと違うかなぁ?」
少し力が抜けたのか表情が緩んだ。
「うん。男の子と喋ってるみたい」
「ともちんまでそういうこと言うん? みんなして男、男ってさー」
メンバーと一緒にお風呂に入りたがらない理由が実は男だからというのはみなみの鉄板ネタだ。みんな面白がってよくいじったりしてるけど、ともの場合はそれとはちょっと違う。おそらく敦子も。
「男の子っぽいみなみも、ともは好きだよ」
「あ、ありがと……? ってかいきなし照れるからやめてやー!」
素直な気持ちを述べただけで顔を覆いながらいつものみなみに戻ってしまった。
さっきまで男の子だったのに、照れたみなみは一瞬で可愛い女の子になる。正直、このギャップに落とされた部分がなきにしもあらず。みなみの二面性はほんとにずるい。
「ねえ。真面目な話ってなに」
「……調子に乗ったから怒ってる?」
「は?」
突拍子もなく怒ってるかなんて聞くから会話をさかのぼってみたけど、怒る要素なんて一つもなかった。一体彼女は何に対してそう言っているのだろう。
「なんかいきなりトーン低くなったし、口調が怒ってるっぽいなって……」
「どこが」
「そういうとこが?」
「……ごめん。ちょっと言い方きついよね。別に怒ってるわけじゃないから。ごめんね」
ああ、だめだ。こういう投げ捨てるような言い方をするから機嫌が悪いとか怒ってるとか思われやすいってわかっているのに、意識していないとすぐに出てしまう。相手がみなみだと気を遣わなくていい部分と気持ちを悟られたくなくて仮面を被ってしまう部分があって、ますます拍車掛かって態度に出るのだ。
「そんな、二回も謝んなよー。怒ってなくてよかったわ」
ほっとしたように息をついて、みなみはあたしの頭をぽんぽんと撫でた。
――ほら、またそうやってすぐ優しくする。
「な、なんでいきなり泣くんだよおおお!」
その手つきが酷く優しくて、無意識に涙が出た。みなみは慌てるように鞄を漁ったり、さっき手を拭いたばかりのおしぼりを握りしめたり、いわゆるテンパってるという状態。
「……とも、さ。最近なんかあったっしょ」
どうしていいのかわからなくなったのか、抱き付いてきたかと思えば今度は背中をぽんぽん叩かれる。
まるで泣き止まない子供をあやすように。