テキスト(SS)

□Sweet or Bitter?/にゃんみな
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 バレンタインデーになると女の子特有の交換会が始まって、楽屋の中は甘い匂いでいっぱいになる。
 今年は手作りが多いのかいつも以上に甘ったるい空気が蔓延中。明け方までメンバー用のお菓子を作っていたのもあるし、睡眠不足も手伝って息を吸うだけで胸の当たりがムカついた。
 世の中の男性にとっては贅沢な環境かもしれないけど、今日の陽菜にとってはどちらかといえば地獄に近い。
「具合悪いん?」
 極力息の量を減らそうと思って机に伏せっていると頭上から心配そうな声が降ってきた。
 顔を上げなくても声と匂いで誰だかすぐにわかる。なんせ、メンバー内で一番甘い匂いを漂わせているのがたかみなだから。
「……今さぁめっちゃムカムカしてんの。だからあんま近寄ってこないで」
 相変わらずメンバー内人気が高いから、色んな人から色んな物を貰っているのを何度も目撃していた。そのお菓子の山を持ったままのたかみなが近くにいるだけで正直気分の悪さが倍増する。彼女に非はないとわかってはいても、今の陽菜にはテロ行為すぎてついつい口調が刺々しくなってしまった。
「ごめん……」
 明らかにしょんぼりとした口調。ちょっとかわいそうなことしちゃったかなと思いつつも、気持ち悪さが勝って動くのも億劫だ。
 それから間もなく甘い匂いは遠ざかった。ほっとして大きく息を吸うと、同時に頭を小突いてくる誰かの手。
「いった……なに?」
「なに? じゃないって」
 のろのろと見上げた先にいた才加はなぜか眉間に皺を寄せていて、呆れた様子でため息をついた。
「いくらなんでもあの言い方はだめだろ。たかみなと喧嘩でもしてんの?」
「は? けんか? なんで?」
 どういう解釈でそうなったのか。
 思い掛けないことを言われて疑問符だらけになる。
「なんでって。どストレートにムカついてるって言ってたじゃん」
「言ったけど、だからなんでー」
「はあ? こじぱ、お前熱でもあんのか? ……ってまじで熱いし」
 額に伸びてきた才加の手が程よい冷たさで気持ちいい。
 今日はいつもよりあったかいと感じたのは自分自身が熱を籠らせていたからだろうか。言われるまで寝不足で怠いのだと思っていたから熱があると言われてもピンとこない。
「風邪? 薬ちゃんと飲んでんの? 水分取ってる?」
「……さやぴぃおかーさんみたい」
「同い年に言われたくねーわ! まぁでも熱あったらあーいう態度になっても仕方ないよな。たかみなは私がフォローしといてやるから休憩明けるまで寝とけー」
 大きめの手が今度は頭に降ってきた。
 撫でてくる手つきなんて本当に母親のようだ。口にしたらすぐ怒るから言えないけど。
「ってかフォローされるようなこと言ってなくない?」
「おいおい。ムカつくなんて言われたら誰だってへこむだろ」
「なんで?」
 才加の言葉がいまいちよくわからない。今の状態を口にしただけなのに、なんでたかみながへこむのだろう。確かに冷たい言い方になってしまった所はあったけど、近寄ってこないでって言ったのがまずかったのだろうか。
「なんでばっかりだな今日。こじぱは何も感じないのかもしれないけど、普通は気分下がっちゃうって。たかみなみたいな性格だと余計に」
「さやぴぃの言ってること意味わかんない。甘い匂いがムカムカして気分悪いのは陽菜の方なのになんでたかみながへこむの?」
「……気分が悪い? ムカついてるのってそっち?」
「そっちってどっち?」
 話が全然噛み合っていない気がする。
 そういうことか、と呟いた才加は明らかに浮かない顔で、また眉間に皺を寄せて考え込むような様子。ひとりでぶつぶつ言って、陽菜は完全においてけぼりだ。
「ねー。説明してよー」
「あー。……いいや。私からたかみなに話す。こじぱは気にせず休んでな」
「待って」
 言ってからすぐ席を立とうとするから反射的に引き留めた。だんだん不安になってきて、掴んだ腕に思わず力を込めてしまう。
「休んでなきゃいけないほどしんどいわけじゃないし。たかみなが陽菜のせいでへこんでるんならちゃんと自分で謝りに行くから。教えてよー」
「……さっきのムカムカしてるからって突き放すような感じで言ったやつな? あれ、たかみなは自分に対してムカムカしてるって勘違いしてる」
「はっ? なんで?」
「だって主語なかったじゃん。胸やけしてるからとか言われたら察しはつくけど、ただムカムカしてるから寄ってこないでなんて言われたら、自分が原因で怒ってるって思うのが普通だろ。私だって勘違いしたし」
「あ、そっか……」
 才加に言われて数分前の記憶を手繰り寄せてみると、確かに曖昧な言い回しで勘違いされても仕方ないかなと思った。
 でも相手がたかみなじゃなかったら、きっと寄ってこないでなんて言うことはなかったはずだ。色んなメンバーからお菓子とかチョコレートとかもらってへらへらニヤけて。あんなに甘い匂いを漂わせてるから、余計にムカムカしてちょっと当たりがきつくなってしまっただけだし。
「なんだ、ただのやきもちか」
「やきもち?」
「へらへらニヤけてるから当たりがきつくなったってぼやいたじゃん今」
「うそ! 声に出てた?」
「うん。一言一句再現しようか?」
 不敵な笑みを浮かべながら才加はすうっと息を吸い込む。
「や、やめてよー! そんなんじゃないし!」
 それを慌てて手で押さえ掛かると、勢い余って椅子が後ろ向きに倒れ込んだ。
 激しい音に一瞬で静まり返る楽屋内。同時に周りからの視線が一気に私たちに突き刺さった。
 椅子を戻しながら愛想笑いをしてみせると空気はすぐ元に戻ったけど、こういう形で目立つのはあまり心地良いものではない。
「落ちつけって。他のメンバーに言うとかないから」
「そっか、才加口堅そうだもんね。……って、まるでやきもちやいてるって肯定してるみたいだけど違っ――」
「バカっ。だから声がでかいっつの!」
 口を塞ぎ返された挙句に声を潜めて叱られた。
 はっと気付いて視線を泳がせると数人のメンバーの目線がこちらに向いていて、首を傾げたりひそひとと耳打ちしあったり。普段が寝て過ごすことが多くて騒いだりしない分、ものすごく悪目立ちすることを痛感した。
「とりあえず謝るなら早いに越したことはないし、行ってきたら? 出て行く時半泣きしてたし」
 半泣き、と言われて身体が竦む。なんてことないと思っていた事態は、自分が考えているよりも深刻なのかもしれない。
「大丈夫だって。こじぱのことが好きすぎてショックだっただけだろうし、事情説明したらすぐに泣き止むだろ」
「だからそういう言い方はっ」
「あーはいはい、ごめんって。苦情は後から聞いてやるから早く行ってきなー」
 突っかかろうとしたら追い払うみたいにあしらって、そのまま才加は席を立つ。
 若干ニヤけていたから、たかみなに冷たい態度を取ったのはやきもちをやいているからと勘違いしたままに違いない。
 こういう時、相手が万年ピエロなまりちゃんだったら強気にもなれるし怒った感じで全力否定も出来るけど、変に真面目なところがある才加にそういう態度を取ると真剣に悩まれてしまいそうで正直対応に困る。
 これ以上何も言い返さないのが得策に違いない。
 理不尽だけど大人しく口を噤んで、才加の前ではたかみなにやきもちをやいているという設定を演じることにした。
「あ、そうだ」
 閃いたように思い出して、背を向けた彼女の手をもう一度掴む。
「どした?」
「これあげる。味の保証はないけど」
「お? おー! こじぱが作ったの? ありがとう! すっげー嬉しい!」
「……そんなに嬉しいもん?」
 傍に置いてあった紙袋からラッピングした包みを手渡すと才加は嬉しそうに笑って、たかみなと同じく締まりのない緩々な表情をして見せた。
「人が作ったもんは何だって嬉しいだろー。だからたかみなのこと、そんなに怒ってやんなよ。あいつは貰った物に対して素直に喜んでるだけなんだからさ」
 言われてみればそうか。誰かのために作った物を嫌な顔で受け取られたりしたら作り手側としてはあまりいい気はしない。たかみなや今の才加みたいに喜んで貰えると、ああ、作って良かったなって気分にさせられるし、また次も作ろうってやる気も出るし。
「……うん。わかった」
 納得して、素直に受け止めることにした。
 才加に言われてから気付くのもどうかと思うけど、さっきの態度はほとんど八つ当たりみたいなものだったから今さら申し訳なくなってきた。自分だって誰かに何かを貰ったら同じ反応をするのに、ちょっと体調が悪いからってイライラしてしまって。
 謝るなら早いに越したことはないと才加に言われたけど――
 たかみながへこみまくっているかもしれないと思うと重い腰はなかなか上がってくれなかった。
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