テキスト(SS)

□まりことみなみ/まりみな
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 ――みなみ。
 名前を呼ばれた気がしてのろのろと顔を上げると、心配そうに眉を顰めている麻里子と目があった。
「大丈夫?」
「へっ……?」
 急に聞かれて間抜けな返事があがる。心配されるようなことはしていないはずなのにと首を捻った。
「――やっぱりちょっと熱っぽいね」
 すっと伸びてきた手が額に押し当てられて、ひんやりとした感触に薄っすらと目を細める。
「朝からずっとぼんやりしてるなとは思ったけど」
「えー……ぼ、ぼんやりしてたかな。気のせいじゃないっスか?」
 自分ではそんなつもりはまったくなかったから言われてもピンとこない。確かに年末進行でスケジュールが立て込んでいるから、身体を休める暇がなくてだるさが続いているのはあったのだが。
「ぼんやりしてるよ。今だって三回呼んだのにまったく聞こえてなかったじゃん」
「ま、まじか……ごめん麻里子さま。何か用やったー?」
 何度も呼ばれた記憶がないということはどうやら本当にぼんやりとしていたらしい。特に何か考え事をしていたわけではないし、無意識のうちに気が抜けていたのだろう。
「用ってわけじゃないんだけど。次の撮影まで少し時間が空くから、みんなご飯食べに行ったり買い物行ったりするって。みなみはどうするのかなって思ってさ」
 その言葉でほんの少し前の記憶を手繰り寄せた。
 そういえば二時間ぐらい空き時間が出来るって誰かが言ってたっけ。
「んーどうしよっかな……麻里子さまはどうするん?」
「あたしは考えちゅー。でもみなみが残るなら一緒にいようかな」
「えっ。なんで?」
 思いがけない言葉に目を丸くする。
「言わせんなよー」
「わぁ! ななななんスか!?」
 飛び込むように抱きつかれて、突然のことだったからもがくタイミングが掴めなかった。麻里子が自分に対してこういうことをしてくることなんてほとんどないから、不意を突かれたみなみはガチガチに固まってしまっている。
「心配なんだよ、みなみのこと」
 茶化すような言葉の後の真面目なトーン。加えて頭を撫でているその手が酷く優しく感じて、心臓が大きく一度跳ねた。
 いつも冗談ばかり言っている麻里子とは雰囲気がガラリと変わってまるで別人のようだ。
「麻里子さまに心配されるようなことした覚えが……」
「前ん時も微熱続いてたじゃん。あの時みたいになったらやだし、今たかみなに倒れられたらほんと困るんだよ。生放送もいっぱい控えてるし」
 去年体調を崩して二日間入院していた時のことを言っているのだろう。
 言われてみれば当時も今のように気怠い感じがずっと続いて、公演が終わった直後に倒れてしまった。その時の状況を知っている麻里子だからこそ、些細な体調の変化を気に掛けてくれているのかもしれない。
 でも、心配してくれている理由を知るとなんだか少しがっかりしてしまった。
「……もし私が倒れても優子がおるし、それに麻里子さまだってじゃんけんでセンターやってメンバーをうまくまとめてたって才加に聞いたよ? だからあんま心配しなくても大丈夫かなって」
 メンバーの中で一番視野が広いのは自分ではなく麻里子だとみなみは常々思っている。よく見ていなければわからないことにも大抵気付き、けれどそれを自ら言おうとは決してせず、必ずみなみに打診してみなみに行動を取らせるように仕向けて。
 AKB全体の指揮官が高橋みなみなら、それを支える参謀が篠田麻里子といっても過言ではない。
 みなみも、日頃から影で支えてくれる麻里子には絶大なる信頼感を抱いていた。
 万が一自分に何かあったとしても、この人になら任せてもきっと大丈夫だ。そう思えるほどに。
「バカ。そういうことじゃなくて」
 いきなりバカ呼ばわりされたかと思ったら、力いっぱい抱き締められた。
「まとめ役がどうとか、そんなのどうだっていい。あたしが心配してるのはみなみの体調だよ? いつも全力なのはいいけど、あんま無茶しないで。休める時はちゃんと身体休めてよ。みなみ見てると無理してるんじゃないかって思う時いっぱいある」
「す、スミマセン。無理してるつもりはないんやけどなぁ……」
 忙しくて休みがないのはどのメンバーも一緒だし、急激に下がった気温の変化で体調を崩している子だって何人もいる。高熱やら喉の炎症で声が出ないやらに比べたら、普通に仕事をこなせて食事も取れて笑う元気もあって、とても無理をしているなんて気にはならなかった。万全の時よりもちょっと身体がだるいと感じるぐらいだ。
「自覚症状ないのがみなみの悪い癖だよね。今だって結構熱いじゃん。もっと自分のこと大事にしなよー。みなみだけの身体じゃないんだからね?」
 背中に回された手が等間隔に跳ねて、少し低めの声が心地良い子守唄のように鼓膜を撫でる。
 まるであやされている子供のようだと思った。
「なんか、そういう言い方されると……妊婦になった気分」
「……作っちゃおっか」
「つく……え……?」
「あたし、みなみの子供だったら産めるよ?」
「――っておい! 待て! 男じゃねぇわ!」
 真面目な雰囲気から急にコントのノリになってみなみは思わず噴き出した。押し返して見上げた先にいた麻里子は本日一番の恵比須顔だ。
「違うの? ざんねーん」
「ざんねーん、じゃねっしょ! いきなりびっくりするじゃないッスか!」
 あまりにも突拍子のない一言で身体中の血液が顔面に集まってくるような感覚を覚えた。熱っぽい自分の手で触れてもそれ以上に火照っている気さえする。
「照れちゃってかわいー。でも、ちょっとドキっとしたでしょ?」
 悪戯っぽく笑って、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
「ちょっとどころかめっちゃドキドキしたし……からかうなよぉ……心配してるとかいっておもちゃにしたいだけじゃないッスか」
 結局いつものようにいじられてるだけやん。
 みなみはいじけるような感じで麻里子に背を向けた。
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