テキスト(SS)

□予約されたクリスマス/まりこじ
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 窓の外で深々と降り積もる雪をぼんやりと眺めながら、麻里子は小さくため息をついた。
 毎年クリスマスイヴになるとメンバー同士で集まるのが恒例となっていて、ご多分にもれず今年も集まれるメンバーだけで例年通りのパーティーが執り行われている。多種多様のオードブルとケーキを前にクリスマスらしい歌を歌って、プレゼント交換をして。最初はみんなで固まって談笑していても一通りの流れが終わって二時間もすれば個々の集まりが複数でき、各々が他愛もない会話と料理を楽しみながらその時間は夜中まで続く。
 毎年のことながら今年も楽しい時間はあっという間に過ぎた。日付が変わったあたりから次第に寝息を立てるメンバーが出て、今はもう目視出来る程しか起きていない。その残っているメンバーも横目で見る限りは夢うつつな感じで船を漕ぎ始めているところだった。

「ため息なんてめずらしー」
「うわっ」

 声のした方に振り向いた途端すぐ傍に陽菜の顔があって麻里子は思わず仰け反った。

「ひどーい。そんなに驚かなくてもよくない?」
「いや、だって近いから」

 いくら陽菜の顔に耐性があっても、不意をついて接近されたら誰だって同じような反応になるはずだ。普段ここまで近くに寄ってこない分なおさらに。

「ぽつんと一人でいるかと思えば物憂げな顔してるからさー。どうしたのかなって」
「気にしてくれてたんだ? やっさしーねーにゃろは」

 心配そうに小首を傾げるその仕草が可愛く見えて自然と頭に手が伸びた。細く柔らかい髪を撫でているだけで胸のあたりが温かくなって頬がだらしなく緩む。

「もー。またそうやってすぐ子供扱いする」
「してないって。可愛いなぁって思って撫でてるだけじゃん?」
「それが子供扱いって言ってんのー」
 
 不服そうに頬を膨らませて、それがますます子供っぽい仕草に見せていることに陽菜は気付いていない。麻里子は噴き出しそうになるのを何とか堪えながら、そっと手を元に戻した。

「まりちゃんなんかあった?」
「やー。ちょっとシャンパン飲み過ぎただけ。窓際にいたら冷めるかなって思ってさ」

 シャンパンを二本開けたところまではよかったが、二十歳を超えたメンバーも乾杯の一口分以外は他のアルコールやジュースばかりを好んで飲んだ。余らせるのはもったいないと思ってひたすらに飲み続けたが、一人でほぼ一本分を飲み切ったのだからほろ酔い加減にもなってしまうのも無理はない。

「そっかー。ほとんどまりちゃんが飲んでたもんね」
「誰も飲まないんだもん。にゃろもずっとオレンジジュースだし」

 今も彼女が手にしているグラスの中身はオレンジ色の液体。最初の乾杯以降、これ以外の飲み物を飲んでいる姿を見ていない気がする。

「だってお酒飲んだらすぐ眠たくなっちゃうもん……」
「そんな弱かったっけ? ってかシャンパンだってグラス半分も飲んでないよね?」
 色白だから目立つのもあるかもしれないが、いつもより血色がいいという度合いでは収まらないほどに紅潮した肌。一度引っ込めた手を今度は頬へ持って行くと赤みに比例した熱を孕んでいる。

「あっか。あっつ。人間カイロ通り越して湯たんぽじゃんもう」
「あー、まりちゃんの手冷たくて気持ちいー」

 肌をピンク色に染めながら目を細める陽菜が、いつもと違う様子だと気付くのにそれほど時間は掛からなかった。

「……ねぇ。それ一口もらってい?」

 もしかして、という考えが頭を過って陽菜が持っているグラスを目で指す。

「いいよー。はい」

 手渡されたグラスを口につけて中身を一口分喉の奥へ。
 ――ああ、やっぱり。
 喉元を過ぎた時の違和感にピンときた麻里子は、半分ほどあった残りの中身を一気に飲み干してグラスだけを陽菜へと手渡した。

「ごちそうさま」
「あああああ! 陽菜のオレンジジュースなんで全部飲んだ!?」
「だってこれオレンジジュースじゃないもん」
「なにいってるのまりちゃん?」
「誰かに入れてもらったの?」
「ゆうちゃんだよー。なんでぇ?」
 
 予想通りの返答にため息をひとつ。件の本人に目をやると騒ぎ疲れたのかいつの間にか他のメンバーともどもベッドに突っ伏している。

「ねー。まりちゃんってばー」

 周りに散乱する空き缶を見つめながら派手に飲んだなぁなんて感心していると、不服そうな声とともに腕を引っ張られて陽菜の方へと向き直った。

「ああ、ごめん。にゃろが飲んでたのはさー。オレンジジュースじゃなくてスクリュードライバーなんだよね」
「すくりゅー? なにそれ。なんかつよそー」
「強いっちゃー強いかも。女の子を無意識に酔わせることの出来るお酒だし」
「お酒? オレンジジュースでしょ?」
「ほら。そういうとこが無意識につってんの」

 疑う様子もない陽菜に苦笑が浮かぶばかり。しっかりしているように見えて肝心なところが抜け落ちている時があるから、心配で目が離せなくなるのだ。

「どうゆーこと?」

 その反応に、少し脅かしておいた方がいいのかもしれないという考えが頭に浮かんだ。

「……こういうこと」

 言うなりグラスを奪ってサイドボードへ。空っぽになった陽菜の手を掴んだまま、じわじわと窓際へ追い詰める。

「い、た……」
「ほらほら、抵抗しないと篠田に襲われるよ? まぁ、お酒入ってたら力も入んないだろうけど」
「や、だぁ……やめてよまりちゃんっ」

 逃げるようにもがくも拘束された状態ではほとんど身動きが取れず、陽菜は壁伝いにずるずると腰を落とした。
 万が一の時の予行演習みたいなものだから、嫌々と首を振る陽菜に対して力を緩める気など麻里子にはない。抑え込むように両手を壁に押しつけて、無防備に曝け出している鎖骨に顔を埋める。

「も……やっ……」
「嫌って言ってやめるほど世間の男は甘くないっつーの」

 本音が入って怒るような口調になってしまったからか、陽菜は小さく身体を震わせた。

「――なんつって。まぁこういうことだよね。わかった?」

 スイッチが切れたようにさっと手を放して陽菜から距離を取る。このまま続けてやろうかとも思ったが、頬に落ちてきた涙が抑止力の決め手となった。

「お酒の味なんてほとんどしないから口当たりはオレンジジュースみたいだけど、レディーキラーって呼ばれてるぐらいアルコール度数高いんだよ。こういうことがないとも言い切れないし、外で飲む時はほんと気をつけてね。ただでさえ弱いんだから」

 AKBにいる内や仕事で忙殺されている今は心配するようなことではないかもしれないが、いつどこで何が起こるかわからないから麻里子としては釘を刺しておきたかったのだ。疎い部分が見え隠れしている陽菜だからことさらに。

「聞いてる? って、本気で怖がらせちゃったか」

 虚ろに目を潤ませたまま微動だにしない陽菜を見て、決まりが悪そうに頬を掻いた。

「ごめんね。嫌われちゃったかな……これ以上何もしないし、あたしは後片付けするからにゃろはもう寝な」

 ずっと泣き顔のままの陽菜を見ているだけで胸が痛くなって、それから逃げるように背を向けた。
 少しだけからかう程度の気持ちだったのに。いざ仕掛けてみたらあまりにも本気で嫌がるから、逆に火がついて本気になってしまった。普段が軽くあしらわれることが多い分、こういう時こそ形勢逆転出来るチャンスだとも思ったが、結果的に残ったのは何とも言えない罪悪感だけだ。
 やりすぎちゃったよなぁ……
 衝動的に起こした行動は後悔の念に駆られるばかり。麻里子は頭を抱えてしゃがみ込みたくなるのを堪えるようにゆっくりと深呼吸をした。
 もし相手が優子だったら、同じことをしたとしてもここまで怖がることはなかっただろうか――なんて。あどけない寝顔を横目に見ながら、ちょっと羨ましくなった。

「はぁ……」

 望んでもいないのにまたため息が零れる。
 クリスマスに、バカみたいだ。
 陽菜のことが心配だったとはいえ、強引なやり方を取ってしまった自分に無性に腹が立って泣きたくなった。
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