テキスト(連載)

□You&Me/あつゆう
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 前触れもなくセンターに抜擢されてしまったあの時のように、人生は何が起こるかわからない。
 何が起こるかわからないからこそ楽しいんじゃん?
 優子あたりなら天真爛漫にそう言いそうだけど、私はどちらかといえばその逆。何の前触れもなく予想もしていない出来事が自分に降り掛かってくるなんて理解出来ないし、想像するだけで重苦しい。冷静さを欠くことは必至で、世間が創り上げた前田敦子という偶像は一瞬にして崩れ去ってしまうだろう。
 今、この瞬間のように。
「ちょっとは落ち着いた? つってもまだ顔面蒼白って感じかー」
 腕を組みながら首を傾げる『私』は唸り声をあげて楽屋の中をうろうろと。唸ってはいるけれど言うほど困った顔に見えないのは自分自身で見慣れているからなのか、それとも普段からこんな仏頂面をしているからなのか。
「ねぇ。なんで優子はそんなに落ち着いていられんの? 入れ替わったんだよ私たち。ありえないでしょこんなの」
「ありえないけどありえちゃってるしねぇ。やっぱさっきぶつかったのが原因なのかなぁ?」
 数十分前に起きたトイレ入り口での出会い頭の衝突。ぶつかった際に打ち所が悪かったのか一瞬気を失って、次に意識が戻った時には目の前に自分がいるというまるでドラマのような状況。夢でも見ているのかと思いきや、気付けに容赦なく頬をつねられて現実であることを突き付けられた。
「あのさ。もしかして私が気を失ってる間にちゅーとかした?」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って。あっちゃんわたしのことそんな目で見てるの?」
「うん」
「即答かい!」
 間髪入れずの返事に間合いの良いツッコミ。中身が優子とわかっていてもその容姿が自分だから、私自身がツッコミを入れていると思うと何だかちょっと変な感じがする。
「寝込み襲うとか、それこそ変態じゃん」
「違うの?」
「あっちゃんひどい……それにちゅーぐらいで入れ替わるんだったらわたしとにゃんにゃん何回入れ替わってることか」
「あー。まぁ、そうだよねぇ」
 楽屋でよくいちゃついている――といっても優子から一方的に――を何度も目撃していると確かに納得出来る。
 ということはやはりぶつかった衝撃が原因なんだろうか?
 でもぶつかっただけで入れ替わるなんて、それこそ作り話の世界だ。リアルタイムで自分の身に起こっている出来事だとしてもにわか信じ難い。
「優子はどうやったら元に戻れると思う?」
「んー、思いつかないなぁ。とりあえず戻るまで逆の生活してみない? ほっといたら自然に戻るっしょ。それにあっちゃんとして過ごすの楽しそうだし興味あるし」
 出た、超ポジティブシンキング。こんな状況下だというのにうきうき感満載って顔してる。
「私が優子として生活したら優子の株下がるよ?」
「別にんなこと気にしないし。わたしはあっちゃんの株がもっと上がるように頑張るのぜー」
 いとも簡単にやってのけてしまいそうに満面の笑みを浮かべてさらっと言い放つ。
 なるほど。若いメンバーが彼女を慕うのはこういう頼もしいところがあるからなのかもしれない。
「……わかった、優子がそこまで言うんだったら頑張ってみる。明日の予定は? 私は雑誌の撮影と取材が入ってて一日仕事」
「わたしはオフ日なんだなー。あ、でも遊ぶ予定入ってた」
「遊び? 私の知ってる人?」
 もし相手が地元の友達や私がまったく知らない人だった場合、大島優子を演じきることは恐らく不可能。プライベートな話題になった途端にゲームセットだ。それこそ本当に彼女の株を下げてしまうことになる。
「えっとぉ……」
「仕事ならともかく、知らない相手と遊んで優子を演じるとか無理だよ。キャンセル出来ないの?」
「キャンセル出来ないことはないと思う、けど……」
 優子にしては珍しく奥歯に物が詰まったような言い回し。よほど言い難い相手なのか、なかなか先へ進もうとしない。
「もしかして、彼氏?」
「あ、いや」
 その一言にギクリとして、バツが悪そうに苦笑い。まさかとは思いながらの発言だったけどよもや地雷だったのだろうか。
「別に隠すことないじゃん。驚かないし、誰かにばらしたりもしないし」
「んーと、そうじゃなくて」
「じゃあ誰?」
 半ば詰め寄るように訊ねると、後退りをしながら観念したように深い溜息を一つ。
「……にゃんにゃん」
「にゃんにゃん? って陽菜?」
「うん。小嶋さんと遊ぶ予定」
「なぁんだ。勿体振るからほんとに彼氏なのかと思ったのに」
 見ず知らずの相手ではなかったことにほっと胸を撫で下ろした。
 メンバーの中ではそこそこ絡む方だし、人の話を聞いているようで聞いていない彼女のことだから一日ぐらいなら余裕で乗り切れそうだ。
 ただ一つ引っ掛かるのは、なぜメンバーと遊ぶだけなのにここまで隠したがるのか。視線もやや泳いでいるし、誰がどう見ても動揺中。怪しいことこの上ない。
「どこ行くとか、もう決まってるの?」
 何かあるには違いないけど、深く追求するのも差し出がましいかなと思って触れないように話を進める。
「えーと。今のところお化け屋敷かホラー映画を――」
「は!?」
「え?」
「なに、なんでそのチョイスなの? にゃんにゃんも優子も怖いの苦手でしょ?」
 以前苦手を克服しようという番組の企画でお化け屋敷に入ったけど、宮崎・小嶋ペアは入ってすぐに怯んで逃げ出していた記憶がある。無論、私だってホラー系は得意じゃないし、仕事以外でお化け屋敷に飛び込むなんてまっぴらごめんだ。
「苦手なんだけど涼しくなれそうじゃない? こう、ぞぞぞーって感じで」
「なにそれどMじゃん……」
 早くも暗雲が立ち込めてきた。バレる、バレないではなくてスポット的に精神力を保てるかがわからない。
「そういえばあっちゃんも怖いのダメなんだっけ? 肝だめし企画の時に半泣きしてたよね、珠理奈と」
「……悪い?」
「ご、ごめんって。そんな睨まないでよー。自分に睨まれるとか複雑な気分」
「思い出したくないこと言うからでしょ」
 当時の鮮明に残っている記憶を掘り起こしただけで鳥肌が立つ。しっかりしているとはいえ珠理奈はまだ中学生だし、予想外に怖がるからそれが私にまで伝染してしまった。
 ああ、出来ることならこの記憶は消し去りたい。最近になってやっと忘れられたのに優子の一言でじわじわと蘇ってしまった。
「ごめん許してー。予定変更しようってにゃんにゃんには言うから。まだ楽屋にいると思うからちょっと行ってくるね」
「あ、待って!」
 今にも駆け出そうとする優子の手を取って制止させる。
「どしたの?」
「どしたのじゃないでしょ。そのまま行くつもり?」
「うん。何か問題あったっけ?」
 なぜ引き止められたのかわからないという表情。疑問符を浮かべながら小首を傾げている。
 呆れた。本当にわかっていないんだろうかこの人は。
「私は誰?」
「何言ってるのあっちゃん?」
 ――ああ、やっぱり。まるで私の気が狂ったとでも言うような憐れみに満ちた眼差し。気持ちが昂ぶると大事なことが抜けがちになってしまうのは優子の悪い癖だと思う。
「あのね、優子。今その姿でにゃんにゃんのところに行ったら確実にぽかんってされるでしょ?」
「え、なんでなんで?」
 わざと諭すような言い方をしているのに彼女は眉根を顰めたまま。
「だーかーらー。今の優子は私、私が優子なのに前田敦子のまま行ってどうすんの? あっちゃんと約束なんてしてたっけ? って言われるのがオチじゃん!」
「あ、そういえばそうだった……ごめん、ほんとに忘れてた」
「もう、しっかりしてよ! 入れ違いのまま生活してみようって言い出したの優子なんだからね。女優志望なんだからそこは演じきってよ」
「うーごめんってぇ……」
 今日何度目かのごめんにはさすがの優子も肩を落としてしょんぼりとしていた。
 ここまで釘を差しておけばしくじることはない、と思いたいけれど。
「とりあえずにゃんにゃんのとこ行こ。余計なこと言っちゃダメだからね?」
「はぁい……」
 自信なさげなその返事は私の中に不安を掻き立てる他ない。
 神のみぞ知る、とはまさにこういう状況を言うんだろうなって思った。
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