テキスト(連載)

□秘密の関係(完)/こじゆう
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 なるべく人気のないところの自販機へ向かっている途中、着替えを終えて局を後にする子たちと何人かすれ違った。そのうちのほとんどが連れ立って歩いている二人の組み合わせを見て目を疑ったに違いない。
「ねね、たかみなさんとこじはるさん、手繋いでなかった?」
「繋いでたー! そこまで仲良かったっけ? いがーい」
 本人たちはひそひそと話をしているつもりでも、その会話はみなみと陽菜にも筒抜けだった。
 トイレからここへ来るまで陽菜にずっと手を握られたまま。振り払うことも出来ず、成すがままにされているところで後輩に目撃され、みなみは気恥ずかしくなってやや顔を火照らせていた。陽菜はそんなことは一切気にしないというように、相変わらずのマイペースで目的地を目指している。
 ほどなくして自販機が見えてきた。人通りが少なく、心なしか明かりも薄暗い感じで、遠目から見るとぼんやり光を放っているようにも見える。
「たかみな何飲みたい? 陽菜はオレンジジュースにしようかなー」
「そうだなぁ。スカッとしたいから炭酸がいい」
 今の気分は水や紅茶よりも炭酸一択。自販機から取り出して、プルタブを開けてから陽菜の缶を軽く小突く。
「おつかれ」
「おつかれさまー」
 備え付けのソファーに腰掛けて、一気に半分ぐらい飲み干した。思っていた以上に喉が渇いていたらしい。
「飲むの早いー。こんな機会めったにないんだからもうちょっと味わいなよー」
「ごめんて。めっちゃおいしいからさ。にゃんにゃんが奢ってくれたジュースだし」
「格別?」
「うん。格別」
 みなみの反応に陽菜は嬉しそうにはにかんだ。
「……なに? なんかついてる?」
 可愛いなぁなんてじっと見つめていると、ちょっと焦ったように顔の周りを手でパタパタとする。その様子が余計愛おしく見えて、みなみはやっと表情を緩めた。
「なんもついてないよ。やっぱ可愛いなーって思って見てた」
「……そういうこと、さらっと言っちゃうところが男っぽいって言われるんじゃないのー?」
「ええっ? 素直な気持ちを述べてるだけなのに……優子と何が違うんだろ」
「んー。ゆうちゃんは性格はエロ親父みたいだけど女っぽい。たかみなはー。少年……? あと、たまに眼差しが野獣」
 前触れもなく野獣などと言われて、口元へ持っていった飲み物を軽く含んだところで盛大に噴き出した。噴き出し損ねた水気が気管に入り込んで、苦しさの余りに激しく咳き込む。
「たかみなぁ!?  やだぁ噴き出さないでよー! ……てゆーか大丈夫?」
 柑橘系の炭酸の威力は半端ない。しばらくの間咳き込み続けて、見かねた陽菜が背中をずっとさすってくれていた。
 ようやく落ち着いた頃には息も絶え絶えで、違う意味で涙が浮かぶ。
「もぉ。落ち着いた?」
 心配そうな口ぶりでもかなり笑いを堪えているように見える。
「にゃ、にゃんが、野獣とか言うからさぁ!?  野獣ってなんだよ! どこが!?」
「ちょ、ちょっと、そんなに迫ってこないで、倒れっ……」
 元より至近距離にいたためテンションも相まって馬乗りになるのは比較的容易なことだった。ただ、それを支える力が陽菜にはなく、思いもよらずソファーに押し倒してしまう形となる。背中から崩れ落ちられて一緒にバランスを崩したみなみの体勢は、獲物に覆い被さる野獣そのものであった。
「こーゆうとこ……とか」
「ちが、これは不可抗力で!」
「……自惚れていい?」
「自惚れ?」
「まさに今陽菜を見つめる瞳がちょーやじゅー」
 やや照れを交えて言われ、迂闊にもときめいた。体勢が体勢だけに、心拍数もガンガン上昇する。
「まて……まてまてーい! どういう意味だ! そんな目で見てないって!」
「えー。見てるよー。だって食べられちゃいそうだもん」
「――んなこと言ってるとほんとに食べるからな」
 あくまでも冗談っぽく言ったつもりが、みなみの中の妙なスイッチに触れてしまったらしい。先ほどよりも近くなった顔の距離に、陽菜は本気で危機を感じた。
「ま、またまた−。……冗談だよね?」
「本気」
 笑いは一切なかった。真剣な眼差しで見つめられて、ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。
「怒ってる……?」
「なんで」
「だって、目が笑ってない」
「キスしようとしてんのに笑うやつがどこにいんの?」
 陽菜の目に映るみなみは、いつものみなみではなかった。普段ならこういう少女漫画チックな展開では話を逸らしたがる傾向があるし、少しでも絡むと顔を真っ赤にして話を聞こうともしないのに、今日に限って人が変わったように大胆。まるで、優子が乗り移ったかのように。
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