裏切りドルチェット

□序章 雨音に掻き消されるモノ
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その日は冷たい冬の雨が降っていた。





寒々とした霙交じりの雨が静寂な空間を作り出していた。
生き物は皆それぞれの寝床へと潜り、表にも裏にも冷たく湿った空気のみが存在している。
冷たく色の無い灰色の世界は全ての生を拒絶しているようだった。





そんな中で一つ微かに動く影があった。





薄暗い路地裏の奥でソレの命は尽きようとしていた。



ッーヒュー・・・・・・フッ・・・ヒュー・・・



ソレは生きているのが不思議なほど酷い状態だった。
全身を染める赤い血は止まることを知らず流れ続け、凝固した血はどす黒くその身を彩っている。
白かった肌には赤や黒以外にも青や紫等、痛々しいほどの痣が全身に数え切れないほど付けられていた。
両手足は不自然な方向に折れ曲がり、その手の指や皮が剥けて真っ赤な素足の指に至るまで全ての爪が剥がれている。
空を見上げる目は一つであり、右側の眼孔からは血が溢れていた。



・・・っー・・・っー・・・・・・



ソレはぼんやりと上を見続けていた。
気管に詰まっている血塊をゴボリッと吐き出すとそれは雨によって瞬く間に地面へと溶けていった。
段々と血の気が引き、冷たくなっていく我が身をソレはただ受け入れた。





どうでもいい



「始末せよ。」



何も聞こえない



「君には失望したよ。」



何も見えない



「ヒヒッ、とんだ役者よな。今の今まで気づかなんだわ。」



何も感じない



「何故裏切った!!」






ソレの心にあるのは虚無だけだった。
以前持っていたモノは全て壊れてしまった。
もうソレには何も無かった。



・・・っー・・・・・・ー・・・



段々と近づいてくる死の足音に耳を澄ますように、ソレはぼんやりと開けていた目を閉じた。
ザァザァと雨の音以外は全く聞こえない。
雨の降る音が支配する静寂な空間はこちらに近づいてくる音で壊された。


カツンッ、カツンッ、と狭い路地に響く誰かの靴音


ソレは動くことはおろか、目を開けることもしなかった。
その音の主が何者で、自分にとってどう言う者かどうでもよかった。
もし自分を殺しに来たのなら、それは其れで別に構わないとソレは思った。
その靴音の主はソレが横たわっている路地裏に入ると、迷う事無くソレに向かって足を進めた。
そして、ソレの真横で足を止めた。




「・・・・・・おい。」

・・・っー・・・・・・っ・・・・・・




ソレがゆっくりと目を開けると、鮮烈な赤と綺麗な桃色が目に入った。
焦点の合わない目を凝らしていくと像は細長い男になった。
男は無感情な目でソレを見下ろしていた。
雨は男の差している傘の当たっている部分のみ防がれていた。
段々と激しくなっていく雨音が全ての音を掻き消していく。
そんな中、男の薄い唇が言葉を紡いだ。





俺の物になれ。」

・・・・・・っ・・・っー・・・・・・





意識が朦朧とする中、ソレは男が言った言葉を吟味した。
もう全てがどうでもよかったソレは全てを男に押し付けることにした。
ソレはゆっくりと自らの血で赤く染まった唇を動かした。





・・・いらなくなったら、して・・・・・・。






男は口端を歪めて笑い、ソレも血塗れの顔で虚ろに笑った。



男が去った後には大量の血痕だけが残されていたが、それも激しい雨で流され、次の日には何も残っていなかった。


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