Infinite・S・Destiny〜怒れる瞳〜U

□PHASE41 Partner〜相棒〜
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あの事件からあっという間に時間が経って六月もいよいよ最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメントの色で彩られていた。

 それは学校内の慌しさというものを見れば容易に分かるものだ。入学して数ヶ月の一年生にとっては初めてであり、それがとても驚くことであっただろうが、二年生以上の生徒たちにっても今年は例年以上に慌しいらしい。

トーナメントの第一回戦が始まる直前まで、全校生徒たちが雑務や会場の整理、来賓の誘導などを執り行っている。生徒たちにはこれから試合が待っているということもあり、二重のプレッシャーを感じることになっていた。

 ようやく解放された生徒たちはこれから今度はISスーツに着替える必要があるということで更衣室へと向かうことになる。もちろん飛鳥、一夏はアリーナにもはや彼ら専用となっている更衣室を陣取って着替えをしていた。

とはいえ全校生徒が使用するのだ、他の更衣室は今頃女子生徒たちを自分たちの何倍もの人数を収容しているのだろう。頑張れ更衣室としか言えない。

そんな飛鳥たちは出番が来るまでは更衣室で待つことになっていた。もちろん試合が始まるとなればピット近くにて準備はするが。

「しかし、凄いなこりゃ……」

 更衣室のモニターから観客席の様子を見ていた一夏が呟いた。モニターに映し出されているのは特別席に誘導され、座っている者たち。そこには各国政府関係者、研究員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。この学年別トーナメントがどれだけの価値を有しているかが窺い知れた。

どの者たちの目にも鋭い光があった。それは自国の生徒たちの成長の成果、機体の性能の高さの確認。他国の技術の進歩具合とその機体を操る生徒の実力。腕のいい生徒たちをスカウトしたいという思惑もあるだろう。

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認をするために来てるんだろ。実際に見て盗めるものは盗む、得られるものは得ておこうっていう算段もあるんだろうな」

 それを一緒に見ていた飛鳥が呟く。しかし、飛鳥が一点だけを見つめているのを一夏と途中からここにやってきた箒は分かった。その先にいるのはフランスとドイツの関係者。その一人、デュノア社に変わって視察に来ている男、名を確か―――ムルタ・アズラエル。

彼が一体何ものなのか。フランスの問題で色々と疑念が募っていたために、いきなり現れた彼には注意を向けている飛鳥。これもまた更識、布仏との訓練の賜物なのだろうか。

「でも、一年には関係ないだろ?」

 などと隣に立つ一夏が呟く。飛鳥はそれを聞いて少し呆れた様子でため息をつく。

「だとしても、トーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入るだろうな」
「ふーん、ご苦労なことだ」

 飛鳥の耳に聞こえてきたのは、そんな一夏は興味がなさそうに返事をする声であった。

「一夏はボーデヴィッヒとの対戦だけが気になるみたいだな」
「まぁ、な」

 数日前に知らされたことであるが、セシリアと鈴の機体はラウラのよってダメージレベルCを超えるにまで大破させられていた。修理するにもそれぞれの必要機材が届かなければ意味がないために、出場の許可が下りなかったのだ。

「あいつら、辛いだろうな。せっかくの自分の力を試せないんだから……」

 そう呟く一夏の左手は怒りでなのか震えるように握り締められていた。それを見た箒は心配そうな目で一夏を見つめる。優しすぎる一夏の性格上、あんなことをしたラウラのことを許せなかったのだ。彼女が教官と呼び尊敬している自身の姉である千冬。彼女から教導されたのなら、どうしてそんな風に力を振るうのか。千冬の見せていた力と、彼女を尊敬しているラウラの見せている力というのは真逆であるように一夏には見えていた。

「一夏……、一夏の気持ちも分からないわけじゃない? だが、あんまり感情的になるな。奴は、おそらく一年の中では現時点で最強だからな」
 
そう言いながら箒は恥ずかしそうにその自身の手を一夏の握り締めている拳を包み込むようにして手を置く。その優しさが一夏にとっては嬉しくもあり、申し訳なくもあった。

そんな風にしている二人を尻目に、飛鳥はまた別のことを考えていた。呆れとこの大会でのこと。

一に横目で見る先に居る一夏。彼は世界で唯一男でありながらISを操縦できる存在だ。そんな彼をみすみす見逃すものがあの中にいるだろうか。いるはずも無い。むしろ今回はそれを目当てにしてきているだろう。

人柄は、その個人として、タッグを組んでの実力はいかがなものか。そして、一度は放り出された機体である白式の機体としての性能は如何なものかと。注目されないわけが無い。何せ世界最強の名を持つ千冬が姉としているのだから。むしろ彼女の名前も背負っているものである。そこの所を理解しているのだろうか。否、していないだろう。

もちろん飛鳥やその機体―――インパルスのことも見に来ているだろう。ISに対抗しうる存在―――MS(モビルスーツ)。既に創造主が亡き者であり、その者に賛同した者たちが一体誰だったのかも分からない。唯一の手懸かりとなるのはインパルスだけだ。更にそれに武装されている武器にも注目がいっている。

“ビーム兵器”

 一体父は誰と手を組み、それを開発したのだろうか。それを飛鳥に知る術はない。幼い時に、一度だけ会ったことのあるあの男性だろうか。ふとそれが正解なのではないかと思ったが、彼以外にももっと賛同者という存在がいたのではないか。

 もう一つは、ラウラ・ボーデヴィッヒのことだ。既に彼女にとってのターゲットというのは限られている。飛鳥、一夏、そして、箒だ。飛鳥と一夏はラウラにとっては目ざわりという存在、特に一夏の存在が千冬の栄光を汚したものだと決め付けている。彼女が一番に持ってくるターゲットであろう。そして、最後の箒である。彼女としては国からの指示なのかもしれない。彼女から篠ノ之束の居場所を聞き出す。それが箒の意志がなくても、彼らならやりかねない。社会の裏にある、汚い黒。美しい文字を描く墨のような黒でもなく、星星を一層輝かせる黒いキャンパスのような夜空の黒でもない。紛れもなくヘドロのような黒。人々が罪として持っている欲望を色として表した、紛れもない黒。

―――考えすぎるのも疲れるな……。

 額に手を翳し、一度現実から思考を外す。そろそろ対戦表が発表されるだろう。

 そして、現実へと目を向ける。飛鳥の視線の先にあるモニターには今しがた発表になった一年生のトーナメント表が映し出されていた。

「完全に反対側だな……」
「ボーデヴィッヒとは決勝まで当たらな」

 そう二人が言うように、一夏たち(、、)とはまったくの逆のブロックに入ったラウラ。

「えっと、飛鳥は―――俺達とは準決勝で当たる組み合わせか。パートナーは―――」

 二人が視線を移してその名前を探す。そこにあったのは紅月飛鳥と―――

“更識簪”

 現日本の代表候補生であり、専用機を持つ実力の持ち主である。それを噂程度であれど知っていた一夏。元候補生である真耶をはじめとして現候補生であるセシリア、鈴、そして、元ではあるがシャルロットも打ち破った実力を持つ飛鳥。

 二人のコンビネーションが如何なものかは分からない。それでも戦う時は簡単にはいかないだろうというのは明白だ。個々の実力は高いのだから。

「簪……」

 しかし、ゆっくりとその彼女の名前を呟く飛鳥を見て、箒は何かを感じていた。飛鳥のその声色に込められたもの。それはただの同じIS学園にいる生徒同士、親友というもので表せないもの。そう……、もっと奥深く、そして、美しくも儚いもの。

 背を向ける飛鳥はこの場を後にし、向かうべき所へと足を進める。ドアノブに手をかけたところで、肩越しに二人に対して言う。

「悪いけど、あいつを倒すのは俺だ」
「「っ!」」

 その言葉だけで二人は視線を外せなくなった。そこに込められているのは親友に向けるような親しみは無く、ただ倒すべき敵に向けられた敵意そのもの。模擬戦でも向けられたことの無いそれを肌で感じ、何も言えない。

 この距離を隔て、彼らは敵となっていた。このトーナメントが終わるまでは、お互いがお互いの目的のために戦う敵。そこに、一寸の情けも躊躇いも無かった。

「だから、ここからは俺にとってお前たちは―――」

“敵だ”

 そうぴしゃりと告げ、飛鳥はこの場を去った。パートナーの待つ所へ向かうために―――
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