ぶっく(名前変換なし)

□、
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風が、わたしと彼の頬を撫でた。少しさむい。肩に羽織ったカーディガンを両手で押さえる。そしてわたしと彼は見つめ合ったまま、少しのあいだ動かなかった。今動いてしまったら彼と積み上げてきたなにもかもすべて、なくなってしまうような気がしたから。そんなはずはないのに、そう感じてしまったのはこの雰囲気のせいなのか、それとも。(わたしの、思い違い、?)

「…なあ、」
「、うん」

なあに?努めて明るく答えると彼はすぐに目を伏せた。下を向いたまま微動だにしない彼。なにを、考えているのだろうか。やっぱり彼の考えは、わからない。その眼帯で隠した右目も、彼の48番目の名前もその前の名前も、生前のこともなにもわからない。ああ今気づいた、わたしは彼のことを知らない。知ってるのは今の名前と、ブックマン時期後継者ってこと、くらい。そうだ、わたしは彼のことをまったくもって知らない。

死体を運ぶ荷台がガラガラ廊下をせわしなく走っていた。すでに白い布が頭から足まですっぽり、被さっていて。わたしと彼はその人に向かって頭を下げた。そしてもう一度わたしたちは向かい合った。

「あんまさ、言いたくは、ないんだけど」
「…うん、」
「さよなら、しなきゃいけないんさ」

わたしはただ、うん、と言った。いやだ、とか。なんで、とか。そんな言葉はいっさい出てこなくて、頷くしかできなかった。悲劇のヒロインみたいには、なりたくない。彼は回れ右をして病室を出て行った。

ごめんな。彼がわたしに言った最後の言葉を、頭の中で何度も反復してみた。今さっき出て行った彼はなにを思ったのか。少しでもわたしのことを想ってくれたかな。そうだとしたらわたしってすごく幸せ者かもしれない。好きだった人に最後まで愛されていた、なんて。わたしはそのままベッドにダイブした。仰向けになって目を閉じる。冷たいなにかが、枕に染みついたのを感じながら眠りについた。今起こったことがなにもかも全部、ゆめだったらと想いながら。






サヨナラは君と僕の未来のために

(自分勝手さね、俺)
(でも、俺には、これしか、)







(080728)



















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