=君が守るもの=



「左近!」

まだ年若い己の主が、陣所に飛び込んできた。

飛び込んできた、というのも如何なものかとは思う。

大将たるもの、本陣にどっしりと腰を据え、戦の趨勢を見極めているのが正しい姿であり。

この主――治部少輔・石田三成の如く、大将御自ら陣から打って出るなんて以ての外である。

少なくとも、俺がこうして怪我をしてまでお守りしようとする意味は、失われてしまうのだ。

「左近、怪我はどうなのだ?」

おろおろと俺に尋ねる殿が、愛しくもあり、他の兵の目もあるだろうに、とも思える。

俺は軽く嘆息し、この美貌の主に(今は大分戦で埃に塗れてはいるが)現状をお伝えした。

「……俺の怪我でしたら、そう大した事はありません。後ろからの攻撃でしたが、辛くも穂先は避けましたので、なぁに軽い打撲ですよ」

努めて軽い調子で笑いながらお伝えしたにも拘らず、主の顔は蒼白となり、その場に座り込んでしまった。

これでは本当の事をお伝えしたら、どうなる事やら。浅くですが、背中に槍が刺さりました、なんて。

「――武働きをすれば、危険が伴うなんて、分かっているのだ。実際、」

つ、と青白い顔で俺を見上げ、殿は言葉を繋いだ。

「俺だとて、窮地に陥った事もある。計算外の事だがな。武人にとって、怪我の痕が死線を潜り抜けてきた勲章だという事も、重々承知している」

だが、と殿は俯いて俺の陣羽織の端を、きゅっ、と握り締めた。

「左近には、もう怪我をして欲しくないと言ったら、俺の我儘なのだろうか……」

俯いた顔をさらりとした髪が隠してしまい、殿がどんな表情をなさっているか俺からは見えない。見えないけれど、俺には手に取るように分かる。眉宇を寄せ、赤くなるほど下唇を噛んでいらっしゃるんだろう。全く、この方は。

「殿は以前、左近の背中の傷跡は俺の知らない時のものだから少しばかり不快だ、と仰ってましたなぁ」

急にそんな事を言い出した俺に、殿はきょとんとしている。

「でも、これで殿の知ってる傷が出来た」

俺は少々痛む背中を、さらしの上から軽く叩いてみせた。

「殿が望むなら、なるべく怪我はしないよう気をつけます。ですが、この傷ばかりは、殿をお守りした勲章ということで、覚えていて欲しいんです」

「左近……」

「この左近の背中は、いつだって殿をお守りする為にあるんですから」

「うむ……左近、頼りにしている」

やっと穏やかな表情に戻った主に、俺も心が穏やかになっていくような気がした。

その後は陣を飛び出して行った事に対して、殿にきつくお説教させて頂いたのだが。

とはいえ、殿にこのお説教が効いているのかは、甚だ怪しいところであった。まぁ、いいか。殿の事は、俺が命を賭してお守りする。その為に、この背中があるのだから。




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