ニシキギ 弐

□37
1ページ/1ページ




クロウが起きた。




「お、あ・・・クロウ」



「・・・・・・イゾウ」




思わずどもつきながら声をかけりゃ不思議そうにこっちを見てくる。




「久しぶりだな」



「そう・・・なのか・・・?」




クロウが目覚めたのはあの誘拐事件から六日経った夕方。




「腹減ってるか?」



「・・・減っている気もするが・・・」




今はいい・・・と困ったように言う。

六日間点滴だけだったんだ。仕方ねェ。




「お前ェ攫われたんだ。覚えてるか?」



「あまり・・・だが襲われたことは覚えている」




大人数だった、と続けるクロウ。

目はしっかりしていて舌も回っている。
薬は大分効いたみてェだ。


と、その時窓から見える暗い景色に一つ赤い光が見えた。


クロウはそれに反応し、窓に近づこうと立ち上がる。ふらついた体を支えた。




「すまない」



「無理すんな」




筋肉に少し衰えがあるか。

まァこいつのことだ。すぐ戻るだろう。


よたよたと周りのものに手をつきながら歩いていくクロウ。
こんな姿そうそう見れねェな。


窓に手をつき外を眺める。

またもう一度、今度はさっきより少し近くでもう一度赤が光った。




「・・・イゾウ」



「あ?」



「今・・・交戦中なのか?」



「おう」




さらっと答えりゃ無表情にこちらを見られる。




「聞かれてなかったからな」




そう言えば




「聞かれなくとも言うべきだろう」




と返される。




こんな軽口の言い合いのようなやりとり、出来て嬉しいと思うたァ俺もおかしいな。




じゃあ・・・クロウが光を見ながら聞いてくる。




「あの光、エースか」



「多分そうだな」




苦手な炎でもこの距離。なんも出来ねェだろ。

そう高を括って答えたらクロウにいきなりスイッチが入った。
慣れた手つきで帯を締め直し、襟を正す。足袋も履き始めた。




「・・・何する気だ」



「エースを手伝いに行ってくる」



「何言ってんだ、アイツは炎だ。お前が行ったら邪魔になる」


「しかし、」



ぎゅ、と足袋のひもを最後に締める。
そしていつもの格好に戻って立ち上がった。




「今行かなければもうダメだ」




何が、聞くことはしなかった。

真っ直ぐ黒の眼を見据える。



クロウはしっかり俺を見返してくる。


無表情の極みのようなこの顔からなにかが伝わってきた。



必死―――。



こいつはなんだか知らねェが必死になってる。
何かはさっぱり分からん。ただ何かを変えようと。

実際クロウが何を考えているのかは本人しか分からねェことだ。
これは全部俺の憶測だった。

長年の付き合いからの勘ともいえる予想。


こいつのこんな顔見るのは久しぶりだ。


俺は笑って視線を下にずらす。
そして懐に手をつっこんだ。




「ほらよ」



「それは・・・」



「拾った」



ニヤリと笑えばクロウもほんの少し口角を上げる。

その貴重な顔を満足するまで見れないうちにクロウは後ろを向いた。

へっ、と笑ってその腰まである髪を手にとった。

幼い頃は毎朝こうして結んでやってた。

あの頃は肩までだった髪は今ではここまで伸びている。




「よし」




あの裏路地で拾ったクロウの宝物で一つに結び上げた長い髪。
これで本当にいつも通りだ。




「行ってくる」



「無理はすんなよ」




背中をぽん、と叩けばそれに押されるように歩きだした。


・・・上じゃ騒ぎになるだろうな。


オヤジと兄弟達の驚く顔に緩む頬を抑えられないまま、俺は六日分の休息をとろうと、クロウの寝ていたベットに倒れこんだ。









.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ