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□黄昏
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撫子ちゃんの世界は、僕たちのいる時間とは、別の平行線上に存在するらしいということは、円の説明でようやく理解出来るようになった。

キングはこの世界の【彼女】が目覚めないとなると、過去の彼女を人工転生で意識を連れてくることにした。

そして、時間跳躍をする。

キングが2010年に現れるまでは、確かに撫子ちゃんの世界は、僕たちの世界と同じ平行線にあった。
だけど、彼は現れ、干渉した。そこで、世界は分かれてしまったんだ。

僕たちの世界と、
彼女の世界に。

ここはキングが現れなかった時間軸。

つまり、ifで分かれた幾つもの世界の一つ、というわけだ。

「何だかちんぷんかんぷんだなー」
「まぁ、央には理解するのは無理でしょうね。昔からそういった類の話だけは脳が受け付けないように出来ているようでしたから」
「…悪かったね。ほんとーに、円は可愛くなくなったよ」
「それはどうも。央に可愛いと思われても嬉しくありませんよ」

…彼女を元の世界に返す転送装置は、CLOCKZERO政府の地下深くにある。そこに辿り着くまでは、厳重な警備を潜り抜け、網の目のように張り巡らされたセキュリティを解除しなくちゃいけない。きっと無事になんて済まないだろう。
僕と円は、侵入経路、そこまでどうして辿り着くかを念入りに話し合う。

たいていは、撫子ちゃんが眠った後に。

夜明けまで話すこともある。それでも、僕たちが無事に戻ってこれる可能性なんて、ゼロに等しくて。政府に逆らう。しかもキングの大事にしている彼女を、元の世界に返してしまうんだ。

特に、円は、政府を裏切った身だ。

見つかれば、ただでは済まない。

「大丈夫です、央はぼくが守りますから」
「…円」
「だから、央は撫子さんを返すことだけを考えてください」
「ありがとう、円。…でもね、そんな悲しいことを言っちゃいけないよ。せっかく見つけた大事な可愛い弟を、犠牲にするなんてひどいことを、僕がすると思う?大丈夫、円にそんな危険なことはさせないから」

それでも、転送装置のある場所へ行くパスワードを円しか知らないとなると、危険な目に遭わせてしまうのも現実で。

ダメな兄ちゃんだな。
なんて思ってしまう。

「ところで、央。撫子さんとはどうなっているんですか?」
「う…」

いきなり話を変えられて、
しかも痛いところをつかれて、僕は何も言えなくなってしまう。

「まさか、まだ何も言えない状態が続いてるって言うわけではないでしょうね?」
「…あはは、その、まさかだったり、して?」
円が大げさにため息をつくのが聞こえる。
「呆れました。小学生ですか。いえ、央は小学生のまま、成長してないんでしたね」
「…うるさいなぁ」

あれから、僕は、撫子ちゃんと普通に話せなくなってしまった。
このままじゃいけないって、わかってる。
…わかってるんだけど。

自覚したら最後、僕は彼女を避けることしか出来なくなった。まともに顔を見ることなんて、出来なくて。話すことさえ難しい。抱きしめたことだってあるというのに、それさえ既にすごいことのように思える。

抱きしめたとか。

改めて考えると、(すごいことしてたんだなー)何であんなこと出来たんだ。
考えただけで顔が熱くなる。

昨日までの僕と、今の僕は既に別人だ。
彼女に向ける想いからして既に違う。
…それだけじゃないんだけど、ね。

「はぁ…まぁ、いいですけどね。政府に行くまでには話せるようになっていて下さいよ。でないと、鬱陶しいですから」
「…わかったよ」

円は突き放すように言いながらも、実は優しい。僕のことを心配してくれてるってわかる。



だから、覚悟を決めた。







翌日の夕刻、撫子ちゃんを誘って、外へ散歩に出かけた。

でも、政府の見回りに見つかるわけにはいかないから、居住区は避け、ある場所に赴く。

「ここは?」
撫子ちゃんが尋ねる。

「【爆心地】…通称、グラウンド・ゼロ。【神々の黄昏】が起こった場所って言われてる。…ね、撫子ちゃん、ここが何だかわかる?」
「え?」
撫子ちゃんは辺りを見回し、ひとしきり考えた後、首を横に振った。

「わからないわ」
僕は答える。
「ここは、秋霖学園。僕たちが通っていた」
「…っ」
撫子ちゃんが息を呑む。目をすがめて動かなくなる。

夕焼けに沈む時計塔。かつてそこにあった学園は、ちょうど今頃の時間に壊れた。世界と共に。

一人の少年の手によって。

ここは、その中心。

ここは、世界の終わりが始まった場所。

全ては【この時間軸の彼女】を救うために。

撫子ちゃんは、呆然と立ち尽くし、動かない。

酷なことをしただろうか。僕は彼女が泣き出すかと思った。

だけど、泣かなかった。彼女は凛とした顔で、友達のした罪の結果を見据えていた。

綺麗だ、と思う。

この、壊れ果てた儚い世界で、彼女は綺麗な姿のまま、夕暮れの中に立っていた。








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