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□混乱
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「央っ」
撫子ちゃんが僕の手をつかむ。
いきなり、警戒を解いていることにびっくりする。
「へ?」
「あなたもここに、連れてこられたの?」
「連れて…ええ?」
「いえ、違うわね。キングが連れてきたのは私だけのはずだから、10年後の央、なんだわ」
「え、えー、もしもーし」
「じゃあ、1人なの?CZメンバーの誰かとは一緒?」
「CZ?」
「忘れちゃった?課題を一緒にやったじゃない」
「それ何?」
つっけんどんになっちゃった、けど、そう言うしかなかった。僕には、理解出来ない記憶。すると、撫子ちゃんの目に浮かぶ動揺。
「…ごめん。でも、僕にはわからないよ」
「どうして。私たち、一緒に課題をやったじゃない。神賀先生に集められて、放課後」
「僕には、【そんな思い出はない】。僕が君と会ったのは、祝賀パーティーで。父に紹介されたんだ」
「…そんな。そんなパーティー知らないわ」
もうその記憶さえおぼろげだ。父に紹介された時、彼女が華やかに笑った。宝石みたいだと思ったものだ。
…彼女が、そんな記憶がないとしたら、あの撫子ちゃんとは別人、ということになる。
じゃあ、彼女の言う【僕】は誰?
「君は、誰?」
「あなたこそ、誰なの」
変な問答。互いに名乗りあってるのに。
それでも彼女は手を離すことをしなかった。そうすることが、最後の希望とでもいうように。
沈黙。
見つめ合う、目と目。
耐えきれなくて、笑い出したのは、僕だった。
「…ご、ごめん。だっておかしくて。ちゃんと名乗りあって素性もわかってるのに、誰、って」
「…まぁ、それもそうね」
撫子ちゃんも笑う。
「とりあえず、落ち着こう。はい、もっかい深呼吸ー」
すーはー。
今度はお互いに深呼吸をし合う。
それから、また互いの目と目を見て、沈黙。
…って、何だかドキドキしてきた。
「お、お腹減ったよね!」
不自然に話を逸らす。
「まぁ、そうね。でもこんなところじゃ何もないわよ」
「ところがどっこい、じゃーん」僕は持っているポーチから、紙に包んでいる乾燥食を取り出す。
「何これ」
「胡桃ケーキを乾燥したもの。砂糖が手に入らないから、あまり甘くないかもけど」
彼女はかさかさと紙を取り除き、ケーキにかぶりつく。
「…おいしい」
「はい、おいしいいただきました」
「何それ」
「え、変?だって、僕、おいしいって言われるのが一番嬉しいんだ。だって、幸せの言葉じゃない?」
撫子ちゃんは懐かしそうに微笑んだ。
「変わってない。央、変わってないわね。ケーキを作るのが上手なところも、そうやって場を和ませるところも」
「え、そ、そう?」
でも、何だか変な感じだ。彼女の言う【僕】は僕しゃないのに、変わってないと言われても複雑な気分。
「そうだわ、円はどうしたの?」「え?」
「円よ。いつも一緒だったじゃない。どこか別の場所にいるの?」
「…円はいないよ」
【神々の黄昏】の時、僕たちは、はぐれてしまったから。