novel・present

□今日は何の日?
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「詩希(しき)……詩希ってば。何やってんの、そんな慌ただしく」
「うるさい黙って、わたし今忙しいの! 遼也(りょうや)も手伝ってよ」
「何を」
「あ、やっぱダメ! あんたはコレ割っちゃうっ」
「何だよ、一体」


 椅子の背もたれにあごを置いて、むすっと不機嫌そうな顔をして、遼也は詩希を見つめた。
 こういう子供っぽいところを普通なら可愛いと思ってしまうけれど、今はそんなこと言ってられない。

――今日は大切な日なのよ。

 詩希は一瞬止めた足をまた動かし、ばたばたと廊下を駆け回った。


「遼也、ちょっとそこどいて。違う、そっちじゃなくて、こっちに移動して。うん、そう。あ、ねえ拓真(たくま)くんの連絡先知らない?」


 ばさっとテーブルクロスを広げながら、詩希は聞いた。「あ、そっち持って。ちゃんと少し垂れるくらいの長さある? じゃあそれかけて」としっかり手伝わせるのも忘れない。


「はあ? 何で拓真?」
「いいから。知ってるか知らないかを今聞いてるんだよ」
「知ってるけど?」
「今すぐ連絡取れる? できれば電話がいいんだけど」
「携帯にかけようか?」
「さすが遼也! じゃあ連絡お願いっ」


 詩希は台所に移動し、ハンドミキサーを使って生クリームを泡立て始める。ミキサーは電動で、しかもウィィーンと音が鳴るから、自然と二人の話し声は大きくなる。


「なんて言えばいいー?」


 遼也から詩希への質問も大声だ。


「あのねーっ、わたしのこのマンションの部屋番号教えて、今すぐ来てって言って! ちゃんと準備してるでしょうね? っていうのも聞いてね! 何でとか言われたら、ふざけないで、あんた忘れてんの、カレンダー見て考えろって言ってあげてっ!」
「りょーかい」


 遼也自身もちらりとわたしの部屋にあるカレンダーを見て、ああなるほど、と頷いた後、携帯を耳にあてた。

 遼也も分かったみたいね、と詩希はにっこり笑いながら、真っ白に泡立ったクリームを見て、カチリとミキサーを止めた。
 雪のように白いそれを、詩希は慎重に飾り始める。今の時季、苺は無いけれど、別に苺じゃなければいけないっていう決まりはない。むしろいろんな果物(まあ缶詰だけど)があった方が楽しいし綺麗だ。そう思いながら、みかんやパインなどをバランスを見ながら飾っていく。
 しぼり袋にもクリームを入れ、ぎゅっと形良くしぼってシースケーキを仕上げた。


「よし、完璧」


 得意げに出来あがったそれを眺めて呟き、ちらりと遼也の方を見た。どうやら電話も終わったらしい。

 出来たてのケーキをリビングに運びながら、詩希は遼也に声をかけた。


「手伝ってくれて有難う。もう何の日か分かったでしょう? わたしはまだ準備することがあるけど、遼也は座ってていいよ」


 ケーキをテーブルの真ん中に置き、充電器にさしていたさくら色の携帯を取る。
 ぴぴっと操作をして、発信履歴の一番上にある番号をリダイヤルした。


「麻菜(まな)ちゃん? うん、わたし。料理できた?」
『なんとか。紫音(しおん)も手伝わせて、頑張ったよ』
「あはは、わたしも同じ。遼也に手伝ってもらったの」
『そっちも?』
「うん。あ、それでさ、麻菜ちゃん、もうこっちに来られる?」
『いいよー。一階分下なだけだもんね、詩希の部屋。紫音連れてすぐ行くよ』
「よろしくー」


 詩希は「切」のボタンを押した後、また違う番号に電話をかけ始める。


「もしもし千彩(ちさ)ちゃん? 今から二十分後にわたしの部屋に来てもらえる?」
『何なの、いきなり』
「あ、もしかして何か用事あった?」
『いや、別に。何も無いけど……』
「じゃあ来てね! ばいばいっ」
『ちょっと詩希!?』


 切る前の携帯から、少しだけ怒ったような焦ったような千彩の声が聞こえたけれど、これ以上何かを言ってしまうと計画がすべてパアになってしまう。ごめんね、千彩ちゃん。でも拓真くんも呼んだから許して、と心の中で謝りながら、ぷつっと電話を切った。

 と同時に来客を知らせるチャイムが鳴る。
 モニターには麻菜と紫音、そして拓真が映っていた。


「今開けるよー」


 ぱたぱたと音を立てて玄関に向かい、扉を開ける。


「麻菜ちゃん、紫音くん、それに拓真くんもいらっしゃい。あがってあがって」
「やっほー、詩希。部屋の中飾った?」
「ん、大体ね。最後は皆でやろうかなって思ってもう少し残ってるけど。あ、麻菜ちゃん、わたしその皿一つ持つよ」
「あぁ、ありがと。じゃあこっちを」


 麻菜の左手に抱えられていた料理皿を一つ預かって(紫音は男だから平気だろうと勝手に解釈)、拓真の手にリボンがかけられた小さな箱があることを確認し、三人を部屋にあげる。


「遼也っ、麻菜ちゃんたち来たから、最終準備だよっ! ……さあ、皆、今日は特別な日なんだから、豪華にするよー!」


 詩希はにっこり笑った。

+++

 ちょうど準備が終わった頃、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「千彩ちゃんだよ。皆、準備はいい?」


 詩希は部屋をくるりと見回して、そう尋ねる。
 料理は完璧よ、と麻菜。
 テーブルセッティングもオッケーだ、と遼也が笑う。


「ケーキはわたしが準備したし……。大丈夫ねっ。クラッカー持った? じゃあ玄関に移動するよー」


 詩希の先導で五人そろって玄関へ向かう。


「開けるよ、せーのっ」


 詩希が扉を開けると同時に、遼也たち四人はパァンっとクラッカーを鳴らした。







『誕生日おめでとうっ!』






 クラッカーの嵐を受けた千彩は一瞬唖然として――そしてこぼれるような笑みを浮かべた。
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