novel・short

□壊された平穏
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 大体、春だからって何も代わり映えしない。
 春だから何なのだ。世間は「出会いの季節だ」とか「新しい気持ちでスタートを切ろう」とか言ってるが、実際は他の季節と何ら変わりはない。ただ単に、温かくなっていく季節なだけ。ていうか冬が節目だっていいじゃないか、新年だし。ああ、新年っていう概念も無くていいけれど。
 つまりは春なんてどうでもいいということ。だから入学式やクラス編成なんて気にもしないし、隣の席が誰であろうが関係ない。「新入生にとんでもない美少女が居る」とかいう噂なんて、所詮外見だけのこと。実際は美少女だなんだと騒がれる奴ほど、性格が歪んでることが多いんだ。
 と、数分前までは思っていたのに。

「芹沢海霧(せりざわ かいむ)くん? 私、桜田奈々(さくらだ なな)っていうんだけどね? きみ私とどこかで会ったことあるよね?」

 美少女だと騒がれている彼女に話かけられたせいで、ざわざわとしていた教室が一瞬のうちに静まり返った。すぐ近くにいた奴らは勿論のこと、少し離れた場所にいた新しく友達を作ろうと趣味が合いそうな奴に声をかけていた奴らでさえ、話を止めてこちらを向いた。
 何故僕を選んだのか? 彼女の周りには美少女という肩書きにつられてやってきた奴がたくさんいるというのに。
 否、僕はどうやら彼女と「会ったことがある」らしい。それでその確認のために話かけられたのか。

「さあ? どうだろう。僕は基本的に偏った付き合いしかしていないからね。きみのようにいるだけで目立つ子は知らないと思うんだけど」


 小学校時代からほとんど友達も作らず、一人で過ごしてきたような気がする。僕に話しかける奴らは、からかい目的が一番多かったのではないだろうか。まあ、そんな奴らは無視するに限ると、何も返答をしなかったけれど。


「本当に? 私は知ってるような気がするんだけどなぁ。……街中とかで見たことあるのかな、それなら忘れてても分かるよね」

 うーん、と考え出した彼女を見て、周りはそんなに面白いこともなさそうだと自分たちの話に戻っていった。
 その数十秒後。

「あ! あれだっ!」

 隣の美少女は、ぱんっと手を打ってにっこりと笑った。
 ふぅん……。笑うと綺麗、というより可愛い、という形容詞が似合う女の子だな。普段の僕からは考えられないこと思っていた自分に、僕自身が驚いた。何を考えているんだ、僕は。

「中学生の時に、科学研究展の表彰式があったでしょ? その時の式に参加してたよね?」
「科学研究展……?」

 中学生の頃? ……ああ、夏休みに時間が有り余っていた僕が、地球上の絶滅危惧種がどうたらとかいう題材で研究をしたんだったか。ネットを使ったり、様々な実験とその結果をまとめていったら最優秀賞取ったとかいうあれか。

「あー……最優秀賞もらったヤツ……かな」
「そう、それ! 私は佳作だったんだけどね、最優秀賞取った研究を読んでみてすごく面白かったの。それでこれを書いた人ってどんな人なのかなーって思って、表彰式の時に芹沢くんを見てたんだ」

 ――だから式の時、妙に視線を感じたのか。納得。
 それよりも、あの研究を読んで面白いと言った彼女に、僕は疑問を抱いた。あの研究はもの凄い量があった気がする。まあ、読んでくれた人が居るだけ、感謝しないといけないんだろうけれど。

「夏休みは暇だったからね、遊びながら調べたんだ。それに理系は嫌いじゃないし」

 嫌いだったら、県内で一番理系のレベルが高いとかいうこの高校に入るわけがない。だからと言って、文系も別に苦手じゃないからテストの成績は毎回上位だったりする。

「本当!? じゃあ数学も得意?」
「まあ、そこそこは」
「じゃあさ、ここ教えてくれる?」

 そう言って差し出されたのは、数学の問題。ごちゃごちゃしてるけど、順序立てて……というか一回バラバラにして、解けるところから解いていけば、別になんてことない問題だった。

「そこでこうなって、ここがこうなるから……答えは『17』だね」
「わ、すごいっ! こんなに分かり易く説明してもらったの初めてだよっ。じゃあ、この問題は?」
「ああ、そこは……」

 誰だって褒められて悪い気はしない。僕だって人間だから、ここまで素直に喜ばれると嬉しい。口には出さないけれど。
 そうやって次々と質問され、説明していくうちに、僕らの様子を見て不思議に思った奴らが、わらわらと寄ってきた。

「奈々、なにやってんの?」
「ん? 今ね、芹沢くんに数学教えてもらってるの」
「あー、奈々は陸上の特待生だもんね、理科以外はダメなんだっけ。特に数学とか」
「芹沢くんの説明、分かりやすいんだよー。ほら、こーんなに解けてるでしょ?」

 どんどん話す人が入れ替わる。
 ……目が回ってきた。というより、人に酔ったっていう感じ。人ごみは苦手だ、きついから。
 そう思ってたのに、ちょっとした集団が気になったのか、更に人が集まってきた。

「そんなに分かりやすいの? じゃあ、あたしにも教えてもらえないかな?」
「俺は理科の方聞いていいか?」
「え、ああ……。それなら順番に……」

 全く。僕は平穏な高校生活を送りたかった筈なんだけどなあ。
 それなのにどうして……。
 僕としては過去最多の人に囲まれたその中心から、僕はこんな風に囲まれる原因となった美少女に目をやった。ばちっと目が合って、にっこりと笑われる。微妙に黒いオーラが出ているように感じるのは、僕だけだろうか。

「ふふ、人と話すのって楽しいんだよ?」

 美少女は不敵な笑みでそう告げると、「ふわーあ」と猫のように欠伸をした。「ちゃんと終わるまで待っておくからね」という言葉を残して、机に伏せる。
 ……何で寝るんだよ。しかも待っておくってことは、家まで送れってことなのか? そういうことなんだよな。

「芹沢くん、次あたしー」




 面倒なことは避ける、他人とは最低限しか関わりを持たない……筈だったのに。
 僕の平穏は、隣ですやすやと眠っている美少女によって、あっさりと壊されたのだった。
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