novel・short

□絶対的な距離
1ページ/5ページ

「だから! やめてってば!」
「ちょっとお茶飲むくらいいいだろ、ほら、おごってあげるからさー」
「いーらーなーいー!」

 待ち合わせによく使われる駅前の噴水の前で押し問答をする若い男女。というより明らかにそれはナンパで、男の方が嫌がる女を引っ張っていこうとしている。

「あーあ、女の子捕まっちゃってる」
「ほんとだ。かわいそうに、ねえ、紫(ゆかり)?」

 その男女を駅に併設されたカフェから眺めるスーツ姿が三人。

「通行人もみんな素通りだし、これ結構やばいんじゃない」
「んあ? 紫どーしたの」

 一人がカタンと立ち上がり、他の二人の声を無視して店を出ていく。そのまま噴水の前まで歩いて行くと件の男女に向かって「ねえ」と声をかけた。

「何やってんの、うちの妹に」
「え、お兄さん?」

 男は突然の第三者の登場に驚いた、のだが慌てて女を自分の方に引き寄せようとする。

「嫌がってんのを無理矢理とか人としてどうかと思うよ。ほら、こっち」

 落ち着いた低い声で男に言うと、スーツ姿のその人は女を強く掴んでいたはずの男の手をあっさりと外し、軽く女の手を引いて元のカフェへと戻っていった。

「……紫その子誰?」
「知り合い?」

 されるがままに男性に連れられてきたまだ幼さの残る顔の女を不思議そうに見つめ、スーツ姿の他の二人が尋ねた。注目の的である彼女は戸惑いを浮かべる。一方連れてきた本人はいたって飄々としていた。

「知り合いっていうか……たぶん八坂さんの親戚」
「え?」

 三人の声が見事に重なった。と同時に男性二人がもう一度彼女を見、そして発言者の彼を振り返る。

「まじで?」
「たぶんね。何かの届けもので前に会社に来たことあって、記憶違いじゃなければ八坂さんと話してた気がする」
「そうなの?」

 突然話を振られ一瞬驚いたようだったが彼女は小さくうなずいた。

「えーっと、八坂宏樹はわたしの叔父です。そのバッジつけてるってことは叔父さんと同じ会社ですよね」

 スーツ姿の三人は皆同じバッジをつけていた。会社のシンボルマークである桜をデザインした小さなものである。相変わらず驚いた顔の二人と助けてもらった一人に対して彼女はぺこりと頭を下げた。

「助けていただいてありがとうございました」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ