めろでぃ!!

□#7 嫉妬
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憂ちゃんが来て、俺は唯を家に帰した。一緒にいてやりたいと思ったがそれは俺のエゴで、実際一緒にいたら唯は余計に傷付くだろう。憂ちゃんが来るまでのやり取りで既に証明されている。
憂ちゃんの話ではもう両親に連絡をつけており、明日両親に付き添ってもらい精神科で唯を診てもらうそうだ。唯のお父さんの知り合いに心理カウンセラーがいるのでその人に頼むらしい。
1人になるとまたドロドロした感情が沸き上がってきた。
その感情が鏡夜への嫉妬だと理解して、俺は自分が情け無くて仕方が無くなる。
鏡夜は俺の想い人を助けてくれた、言わば恩人だ。しかし俺の中ではその恩人に対する感謝など微塵も無く、逆に憎しみという感情を抱いている。
重ね重ね、俺という人間は本当に最低だ。
気を紛らわせたくてテレビの電源を入れると「人気新人歌手が歌う大物歌手のカバー曲祭り」という特番をやっていた。
最近日本でデビューしたばかりの黒人演歌歌手、ボイルがEXILEの「旅の途中」を歌っていた。

『いやあ、良かったねぇ。でもボイルならジェロとか歌うと思ってたけどね』

『そうですカ?』

『似てるもんね』

『そうですカ?』

司会者との会話で「そうですカ?」と連発するボイル。まだ日本語には慣れていないようだ。

『じゃあ次行こうか。えーと? 綾乃ちゃんか。何歌うの?』

『はい! kyleeさんの「crazy for
you」です。今の私にピッタリなんで』

『お? 片思い中? 良いのかなそんなことバラして。事務所、怒らない?』

次に歌うのは現役女子高生歌手の綾乃だそうだ。

「…………。そういや、今日は動物系の特番もやってたな」

チャンネルを変える。
画面ではどこかのタレントが動物を愛でている。
じゃ、今日はこれを観よう。
…………。
結局、テレビなんかを観たところで気は紛れず、俺の心は荒んだままだった。





翌日、俺は1人で通学路を歩いていた。昨日の雨のせいで湿気がひどい。
唯は精神科に行く為欠席だ。
学校まであと10分程の所にある曲がり角に差し掛かった。いつもならここで鏡夜が出てくるのだが今日は出てこない。当たり前だ。俺は家を出る時間をずらしたのだから。いつもより15分も遅く家を出たのだ。理由は……鏡夜の顔を見たくなかったから。
部室の前。ドアノブの手を掛ける。

『それで、唯はどうなったんだ!?』

『落ち着け澪! その後のことは優人に訊いてくれ』

くぐもった声が中から聞こえた。
一瞬、ノブに手を掛けたままの姿勢で止まってしまった俺だが、次の瞬間にはドアを開けていた。
部室には俺と唯以外の全員が揃っていた。皆俺を見て固まっている。
静寂の中に俺がドアを閉める音が響いた。
鏡夜と目が合った。そして目を逸らされた。首筋に絆創膏がはられているのは昨日の乱闘が原因だろうか?

「優人……。昨日の話は鏡夜に聞いた。唯はどうなんだ?」

最初に口を開いたのは澪だった。顔が青ざめている。額には汗が滲み、今にも泣き出しそうな顔だ。

「今日は念の為に精神科に行くらしいよ。だから休みだ」

「そ、そうか……」

「ねぇ、唯ちゃんの家にお見舞いに行きましょう? 励ましてあげないと」

ムギの提案に反対する者はいなかった。皆、唯が心配でいるのだ。その証拠に澪だけでなくムギも律も顔が真っ青だ。
鏡夜は1人、ばつの悪そうな顔をして俯いている。ムギの提案に反対こそしないものの、あまり唯には会いたくないのかも知れない。

「…………」

押し黙る鏡夜に俺はトゲのある声で話し掛ける。

「唯に会いたくないなら来なくていいぞ」

「……そォいうワケじゃねェよ」

「じゃあ何黙ってんだよ? ふざけてんのか?」

「何言ってンだ? 俺は喋り続けなきゃダメだとでも言う気かよ?」

「屁理屈ごねんなよクズが」

「テメェさっきから何突っかかってきてンだ? 殺されてェのか?」

「はっ、上等! やれんのか? 言っとくけど、俺は強えぞ?」

「知るか。テメェ昨日のチンピラ共見なかったのか? あの9人は俺が1人で潰したンだぜ?」

図らずも口論になる2人。澪達が止めようとするが、その言葉は俺達の耳には入らない。

「どォやら本気で死にてェよォだな」

「そのうざってェ顔面、ボコって整形してやるよ」

互いに左腕で胸ぐらを掴み、右の拳を握る。

「そ、こ、ま、で、だぁ!!」

ごんっ!
側頭部に衝撃が走る。鏡夜ではなく澪に殴られた。見ると鏡夜の方も澪に殴られたのかこめかみを押さえている。予想外に澪の拳は痛い。

「優人! 鏡夜! お前ら、唯の家でもそうやって喧嘩する気か!?」

俺と鏡夜の間に割って入る澪。力強い目つきで睨まれる。

「それに優人。なんで鏡夜にそう突っかかるんだ? 今のはお前が悪いぞ。鏡夜も口に気をつけろ」

「……あ、ああ。そうだな……。鏡夜、悪かった」

「いや、気にすンな。俺の方こそ悪かった」

一応は解決したが、俺の鏡夜に対する嫉妬心は消えてはいない。もしかしたらまたこんなことが起こってしまうかも知れない。俺が気をつければ済む話だが、この嫉妬心……抑えられるだろうか?





その日の午後。桜高軽音部メンバーは平沢家のインターホンを押した。お見舞いに行くなら早い方が良いだろうという判断の下の決定だ。唯の家に行くことは事前に伝えてある。

「憂ちゃん、唯は?」

玄関で出迎えてくれた憂ちゃんに訊くと、唯はリビングにいるという。精神科での診療の結果、唯の精神面には何の問題も無かったということも教えてくれた。精神的外傷については俺達が本当に心配していたことだから何ともなくて皆安堵している。

「皆、心配掛けてごめんね」

憂ちゃんの後ろから唯が姿を現した。申し訳無さそうな表情を浮かべる唯はいつもと何ら変わりないように見える。
その姿を見て皆が口々に唯の名を呼ぶ。澪に至っては安心しすぎて泣いてしまっている。

「グスッ……。し、心配したんだぞ……」

「うん……。ごめんね、澪ちゃん」

「怪我はしてないの? 唯ちゃん」

「うん。大丈夫だよムギちゃん」

「全然いつも通りじゃん」

「あははっ。そうだよりっちゃん。私、いつも通りだよ。だから皆、心配しないでね?」

唯を中心に女子メンバー全員で抱き合う。
そんな中、憂ちゃんが俺と……そして鏡夜に耳打ちをする。

「さっき父と母に昨日のこと話したら優人さんと鏡夜さんに会って話がしたいそうなんです。リビングに両親がいますから、来てもらえますか?」
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