めろでぃ!!
□#7 嫉妬
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息を切らせながら廃ビルの中に突っ込んでいくと呻きながら床に沈む不良や気を失っている不良がいた。立っているのは2人。1人は鏡夜だ。その後ろから鉄パイプを振りかぶる男がいる。
俺は慌てて走り寄る。鉄パイプが振り下ろされた瞬間俺は鏡夜と不良の間に割って入る。そして逆手に鉄パイプを握り、その直線軌道をズラす。鉄パイプを振り下ろした勢いは殺さずに俺は足裏を不良の顎へと突き上げた。完全に無防備な顎にカウンターを決められた不良は“鈍い音を響かせて”吹き飛び床に後頭部をぶつけ気絶した。
「優人……くん?」
「……ゆ、唯! 大丈夫か!?」
「あ? 優人? つかなンで鉄パイプ男が潰れてンだ?」
唯も鏡夜も今頃俺に気付いたようだ。
周りを見回すと床に沈んでいる不良の数は9人。このほとんどを鏡夜1人でやったのだろうか? 鏡夜の方はほぼ無傷に等しい。この男、本当に何かのゲームの主人公か?
「死ぬかと思ったぜ」
言いながら鏡夜は唯を解放する。手首を大きな機械に縛り付けられていたようだ。
「きょ……きょうやく、ん……!」
手首を解放された唯は余程怖かったのか泣き出してしまった。そして――。
「う、うう……」
「お、オイ!? 唯何してンだ!?」
ぎゅっと鏡夜に抱き付いた。
俺は、何をすれば良いのか、何を言えば良いのか分からなかった。
ただただショックで、言葉を失ったまま突っ立っていた。
そうだ。唯を助けたのは俺じゃない。不良をなぎ倒したのも、手首の戒めを解いたのも……俺ではなく鏡夜なのだ。
「お、俺は摩央を待たしてるから早く戻らねェとならねェンだ。優人……唯を頼ンでいいか?」
「……ああ」
絞り出すように声を出して返事をした。鏡夜が焦り顔をしているところを見ると、どうやら鏡夜も俺の気持ちを知っているようだ。
俺の……唯への恋心を。
唯は泣き止んだが放心状態になってしまった。いつもキラキラと輝いている瞳からは光彩が失せ、表情が顔から消えている。
それでも意識は保っているし声も届いているように感じる。「大丈夫か?」と問うた時も「歩けるか?」と問うた時もキチンと反応してくれた。
「立てる?」
「……むり、かも……」
虚ろな表情のまま唯は答える。この一件がトラウマになってしまったら……。そう考えると本当にぞっとする。
立てないという唯。恐らく足がすくんでしまっているだけだとは思うが……。しかし、いつまでもこんな廃ビルの中にいるのは唯の精神衛生的に望ましくない。それに倒れている不良共がいつ復活するか分からない。鏡夜が逃げるように帰ってしまった今、多人数の不良とケンカはしたくないのだ。というか唯が危ない。
「俺が肩支える。それなら立てるだろ?」
「……うん」
2人で外に出ると外は相変わらずの真夏日で2人でくっついているとかなり暑かった。その灼熱地獄の中をゆっくりと歩く。唯が俺にもたれかかった。普段なら嬉しくて堪らないような状況だが、これでは喜べやしない。
ただくっついて歩いている訳ではない。片方はぐったりしたままなのだ。俺達は街中の好奇の視線を浴びながら帰り道を歩いた。
憂ちゃんはまだ家に帰っていないらしく、取り敢えず俺の家に入った。本当はすぐ憂ちゃんに連絡すべきなのかも知れないが俺はまず鏡夜に連絡を入れることにした。今回の件の詳細を訊かなくてはならない。
『優人か?丁度電話入れようと思ってたンだ』
「そうか」
『唯は?』
「放心状態。今は俺んちのソファーだ」
『……。優人……すまねェ。俺のせいだ……』
「……詳しく話せ」
鏡夜の話では不良共は唯を鏡夜の彼女だと誤認して誘拐したらしい。以前鏡夜にボコられた不良がリベンジする為に唯を人質にしたとのことだ。
『少し前に、アイツらを見た。下校途中に』
「その時唯と一緒に?」
『ああ……。お前は……水泳部の方に顔を出してたからいなかったンだ…………』
誰のせいでもなかった。不良達のただの勘違い。鏡夜の話では学校を出てすぐの所で不良達を見たそうだ。
鏡夜の通う学校が分かれば色々と調べられるだろう。名前や住所も。もちろん非合法的な手段だと思うが。
「じゃあもう切るぞ」
『あ、ああ……』
鏡夜との通話を終了して、携帯をしまう。
不意にフラッシュバックする光景。唯が鏡夜に抱き付く映像が脳裏に焼き付いて離れてくれない。その映像が再生される度に俺の心の中に存在するドロドロした醜い感情が膨れ上がるのが分かる。
さっき、鏡夜を助けなければ良かったかな? 無性にイラつく。誰でも良いから殴りたい。でもいちばん殴りたいのは鏡夜だ。
「優人くん……」
唯の声で負の感情の流れから抜け出した。雨音が耳に入った。いつの間にか外では雨が降っていたようだ。鉛色の分厚い雲からバケツを引っくり返したように雨水が降り注いでいる。
唯は少し落ち着いてきたようだ。瞳に光彩が戻っている。
「どうしたの? 恐い顔してる……」
「いや……何でもないよ」
俺は今、どんな顔をしているのだろう?
唯の顔を見ると胸が苦しくなって直視出来ない。吐く息が重く感じる。
「唯、お茶淹れようか?」
「うん。お願い」
自分の気持ちは押さえ込む。
多分、そうするのが良いんだ。
台所でお茶を淹れながら今度は自分自身の心を落ち着かせるの必死な俺だった。
『ええっ!? お姉ちゃんが!?』
「ああ。今は大分落ち着いてきたけど……」
『わ、分かりました。すぐに戻ります!』
憂ちゃんに連絡するとすぐにうちに来てくれることになった。
「憂は何て言ってたの?」
「ん、すぐに来てくれるって」
「そっか。……私、憂に心配掛けちゃったね」
「唯のせいじゃないさ」
ありきたりな言葉しか浮かばない。もっと唯に必要な言葉があるはずなのに見つからない。俺が唯に言うべき言葉が。
「……怖かった」
ぽつり、と言う唯。
「ああ……」
「鏡夜くんがね、すぐに来てくれたんだ」
「…………そりゃ良かったな」
「鏡夜くんが来てなかったら私、あの人達に――」
「それ以上は言うな」
「優人くん……。何て言うか、その……ごめんね。……私のせいでこんな……」
「い、いや…… 」
俺って、最低な男だ。こんな態度じゃ唯の罪悪感を煽るだけだというのに。
唯の苦しそうな顔を見たくないとか思ってるくせに自分で唯を苦しめてる。
唯の笑顔を見続けたいとか考えながら、唯から笑顔を奪っている……。
どうすれば良いのだろう?
俺はどうすべきなのだろう?
誰でも良い。教えてくれ……。