コルダ

□win-d-ream【他サイト様とのコラボ作品】
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 ――穏やかな午後の中、音が聴こえる。
 それは、うたた寝をしていた春日 綾乃の耳にも届いた。
 クラリネット、という楽器の音色。それは間違いない。
 何しろ、この寮には一人だけ、変わった女子が居る。
「……紫音先輩、練習中だったんですか?」
 中庭に行くと、予想通りの人物が居て、少しだけ顔をしかめて頷く。
 彼女は、自分の演奏を聴かれることを、誰よりも嫌がるのだ。
 当然だがそんな考えを、他の者達は否定している。
「ごめんなさい。何か、邪魔をしてしまったかしら」
「いえ、あたしは音楽とかよく分からないので」
「……そうね。そうだったわね。どうも、東金さんの婚約者と聞いてから、実は音楽的素養があるんじゃないかと思って」
「そのちーちゃんから才能無し、ってきっぱり言われてますから」
 苦笑する綾乃に、紫音は肩をすくめた。
「でも、あなたが居てくれて助かったわ、綾乃ちゃん」
 休憩なのか、ラウンジの戸口に腰を下ろして彼女が言う。
 何かお礼をされるような事を言っただろうか、と首を傾げると、苦笑が返された。
「ビジネスライクとはいえ、婚約関係の打診なんてされたら、たまったものじゃなかったから。……浅霧家は、東金家と仕事の上で協定を結んでいると聞いたでしょう?」
「は、はい……随分小さい頃に、ちーちゃんと合奏したとか」
 綾乃はその人物が目の前に居たと知って、悔しい思いをした。
 音楽の才能が自分にもあれば、きっと合奏も出来たのに、と。
 だが、紫音はそうではなかったらしい。
「私にとっては、失われた記憶。無かったことにされた過去。だから気にしなくていいの。向こうだって覚えていないし、今はあなた一筋だもの」
 揺れるカーテンに沿うように、笑う。柔らかく。
「あなたが居てくれて、良かった。……私は、ここに居られるから」
 ――何故、そんなに悲しい顔をして笑うのか。何故、否定されているように思えるのか。
 それらは全部、午後の眩しい日差しに溶けて、消えていった。
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