コルダ

□平等に、そして特別に。(コルダ長編・番外)
1ページ/6ページ

 ぱさり、と無情にも目の前でカードが重なった。
「私も上がりだ、浅霧」
 嬉しそうに告げる彼女に、紫音は自分の手元に残った一枚のカードを見て愕然とする。
「……ニア、あなた本当はイカサマしたんじゃないのっ!?」
 嘘だ、そんなはずは。信じたい紫音の気持ちを裏切るかのように、真っ先に上がったかなでがきょとんとしつつ、お茶を飲みながら言う。
「でも、このカード、紫音ちゃんのだよね? だったらイカサマしようが無いと思うな」
「くっ……かなでちゃん、こういう時にだけまともな事を言うのはやめて!!」
 たかがババ抜き、されどババ抜き。
 紫音は演技が下手なので、基本的に騙し合いのゲームは向いていないのである。
「浅霧、負けは負けだ。……さて、約束通り、それを着てもらおうか」
 笑顔のニアが指差すテーブルの上には、紺色と白の布地で作られた衣装。
 それは紫音の私物であり、引っ越す為の荷物整理で出て来た、正直言って要らない物。
 せっかくだしかなでにあげようか、と思ったのに、それに目を付けたニアが、勝負して負けた人間がそれを着る、ということにしてしまったのだ。
 この場に男子が居なかったのが、唯一の救いかもしれない。
「それと、これも付けてくれ」
 ついでに置かれたそれは、伊達眼鏡。
「えっ、どうして? ニア」
「浅霧の眼鏡姿が見たい、という他の生徒からの要望があるんだ。良い機会だから、写真も撮らせてもらおう」
「事前に言えば何でも認めてもらえると思ったら、大間違いよ!」
「だが、君にデメリットはない。そうだろう?」
 逃げられないぞ、と服を押し付けるニアとかなでに追いやられ、紫音は一旦部屋に戻る。
「……終わったらかなでちゃんに押し付けましょう」
 こんなものを持っていけば、今度は誰に見られて着させられるか、分かったものではない。
 仕方ない、と紫音はひとまず罰ゲームを遂行するのであった。

 ――そして十分後。

「うわあ、可愛いっ!!」
「ふむ、さすがは浅霧。見事な美脚だ」
 膝上の短いスカートがパニエでふくらみ、可愛らしい丸みを帯びている。そこから伸びたすらりとした脚は紺色のニーソックスで細さを強調しており、絶対領域をより眩しく輝かせていた。
 腰の後ろには、大きな白いエプロンを結んだ、これまた大きめのリボン。端が長く揺れているのは仕様だ。
 そして上半身を見ると、紺色のパフスリーブ、更に右手首には飾りらしきリストバンドのような、レースのついた布地が巻かれている。首元から鎖骨にかけては大きく開いており、首元のチョーカーと金色の飾りが、白い肌を彩っていた。
 更に服の端々にレースやフリル、更に頭にもフリルのついたカチューシャ、髪は大人しめのツインテールにされ、同じく白いリボンが揺れている。
 ――これらは、今からおよそ一年前、文化祭で着せられた衣装であった。
「こうしてみると、懐かしい。クール系のメイド姿として、客から指名まで受けていたのを思い出すな。あの時は眼鏡が無かったんだが」
 満足げに頷いて写真を撮るニア。
「紫音ちゃん、眼鏡も似合ってるよ!!」
 かなでが勢い込んで言うが、紫音は全く何も嬉しくない。
「メイドを何だと思っているのかしら。本来のメイドというのはこんな派手でもないし、衛生面を重視してリボンやフリルなんて最低限、スカートももっと長くて、髪だってもっときれいにまとめているというのに……」
「それはそれで似合うと思うが、そんなものは東金に頼めばすぐに用意してくれるぞ? 何しろ、屈指の大金持ちだからな」
「絶対に、嫌。で、給仕でもしろっていうの?」
 まさかここまで着せて、写真を撮って終わりとは言うまい。
 後はお茶やケーキでも出せ、と言われるのかと思った紫音だが。

「まさか。コンクールに合宿にライヴにと疲れた彼らを癒してもらおうと思う」

 何やらとんでもないことをニアは言い出した。
「えっ、どういうこと? ニア」
「これから帰ってくるであろう、この寮に滞在する男子達に、浅霧は「お帰りなさいませ、ご主人様」と言うんだ」
「絶対に、お断りするわ」
 そんな嫌がらせ、誰が喜ぶのか。
 全力拒否する紫音に、かなでが首を傾げる。
「それって、前にテレビでやってた、メイドカフェのこと?」
「正解だ、小日向」
「だからやらないと言っているでしょう!」
 何が哀しくて、寮のメンバー全員にこの仮装を見られなければならないのか。
 特に千秋。彼には見られたくないので、是非とも今日は帰らないで頂きたい。
「そうか、そんなに嫌か。仕方ない。ではこの写真を代わりに寮のメンバーに、夏の思い出の一枚としてプレゼントするとしよう」
「なっ!?」
「それってもしかして……一瞬見られて恥ずかしい思いをするだけでいいはずが、一生覚えられるってこと?」
 かなでの珍しく冴えた答えに、紫音はざっと血の気が引く。
 ニアはにこやかに頷いた。
「この瞬間を見られたくないというのだから、一瞬を永遠にしてもらうしかないと思ってね」
「あなた、猫缶と人間用の缶詰をすり替えられたいの!?」
「……さりげなく、どっちも酷い話だね……」
 かなでの突っ込みは無視である。そして紫音もニアも譲らない。
 そこに。
「あら〜? 紫音ちゃん、そんな格好してどうしたの〜?」
「秋坂さん!」
「どうもこうも、ゲームに負けてさせられただけです。それだけならまだしも、これを寮の人間全員に見せるとニアが言い出して……」
 寮母である真科がやってきて、紫音の話に納得したようにうなずいた。
「つまり〜、紫音ちゃんとしては〜、なるべくこの場だけで済ませたいってことよねぇ〜?」
「当然です」
「でも、ニアちゃんはこのまま終わらせるにはもったいない、って思ったわけでしょう〜?」
「さすがは寮母さん、話が早い」
「じゃあ〜、こうしましょう!」
 ぱちん、と指を鳴らした寮母は、笑顔で言い放った。

「あなた達二人も、同じ格好をすればいいのよ〜!!」

「……へっ?」
「しかし、この衣装はこれしかないのですが……」
「うふふ〜、メイドさんじゃなくても、あるでしょう〜? さあさあ、衣装を揃えてあげるわねぇ〜! あ、誰か一人でも逃げたら、お姉さんがこわーいお仕置きをしてあげるからねぇ〜」
 楽しそうに駆けて行く真科を見送りながら、紫音は正直逃げたかった。
「……い、一体、どんな格好をさせられるんだろう……」
「失敗してしまったか。ふむ、覚悟を決めるしかないようだな」
 それから数分後、二人に用意されたのは、二種類の衣装。
「一つは、新婚花嫁さんのエプロンとワンピースで〜、もう一つは、お人形さんよぉ〜! どっちも、お帰りを待つテーマにしたから、これなら紫音ちゃんと一緒よね〜」
 可愛いフリルのついた白いエプロンと、清楚なワンピースがかなでの手に渡され、ゴシックなワンピースとヘッドドレス、更にはリボンのついた黒い革靴もセットにした方はニアに渡された。
「さ、着てらっしゃいな〜」
 にこやかな真科の言葉には、いくらニアでも逆らえない。
 そして二人そろって一旦引っ込んだ後、紫音は真科に問う。
「あの、先着何名、とかでは駄目ですか?」
「それだと、見れない子が可哀想じゃない〜」
「しかし、帰ってこない可能性がある方も居ますし」
「そうねぇ〜、それは帰ってこなかった彼が悪いわねぇ〜」
 特定の一人を示すかのように、真科は意地悪な笑顔を浮かべた。
 つまり、紫音が危惧していることは無い、ということらしい。
 そして二人が戻ると、真科はまず「時間制限を付ける」と告げる。
「寮の門限までに帰って来た人を対象にするわねぇ〜。でも、それだけだと待ち時間が発生しちゃうから〜、個人の配置を決めましょう〜」
「……配置?」
「うふふ〜、まずは紫音ちゃんが玄関。これは罰ゲームの一端として、一番最初に見てもらおうと思うのね〜。それから、ラウンジにニアちゃん。逃がさないわよ〜? 最後に、食堂及びキッチンに、かなでちゃん! シチュエーションはぴったり! 年頃の男の子はくらくらしちゃうわよぉ〜!」
 紫音は軽く眩暈を覚えた。門限まで数時間、玄関に立ってろと言うのか。
「も、ち、ろ、ん! ちゃんと全員に見てもらう為に〜、紫音ちゃんは帰って来た子を食堂に、かなでちゃんはそのままラウンジに案内してね〜!」
「あの……秋坂さんは?」
 そこまでお膳立てして彼女が何もしないというのは、さすがにどうかと思った紫音が問うと。
「私ねぇ〜……今日の夕ご飯の支度がまだなの〜。せっかくだから、かなでちゃんにも手伝ってもらおうかしら〜」
 彼女はそもそも寮母なので、仕事があるのだった。
 そんな彼女の言葉に、かなではあっさり頷く。
「あ、いいですよ!」
「……はぁ。そうしたら、給仕が必要なら呼んで。どうせならそれくらいするから」
「私は人形らしく、ラウンジに来た奴らを待ち伏せて驚かせて、その写真を撮るとするか。全く、とんだ茶番劇になったものだ」
 やれやれとニアは呟き、デジカメ片手にラウンジへ向かった。
 かなでは寮母とキッチンへ行き、残った紫音は言われた通り玄関へ向かう。
 さて、どこに立てばいいか、と考えた後、階段の前に陣取る事にした。
 あとは待つだけ、である。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ