遥か3
□たった一つ、君が。
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【たった一つ、君が。】
「それでね、それでね…」
延々と話が終わらない望美に、朔がため息と共にストップをかけた。
「…望美」
だが、望美はそれが少々不満だったらしい。
「…何?朔」
「膨れ面しないの。…それより、これで何回目かしら?」
「?何が?」
望美は何の事か分からないらしい。朔はやれやれとばかりに答えた。
「知盛殿の、誕生日の相談よ」
さらりと望美は朔から視線を逸らした。
毎年、毎年。誕生日というものには望美も他の友人達も困らせられている。
それが互いのことなら構わない。
だが問題は、その該当人物が、望美の恋人こと平 知盛であることだった。
「朔〜」
「…いいじゃない、もう3年目よ。知盛殿の事だって十分分かってるでしょう?」
遠回しに相談を断る朔。
「知れば知るほど、分かんないんだもん」
「……でも。好きな物も大体知ってるでしょう」
「うう…」
分かる。分かるのだが、そうではない。
「あと3日もないのに…これじゃ、去年と同じ結果に…」
去年は苦し紛れだった。将臣に相談したら、何故か怪しい薬を使うに至り、最終的にはそれが知盛にバレたばかりか、自分に使われたというオチまで待っていた。
「………ううう、どうしよう…」
悩む望美は、すっかり自分の世界に入り込んでしまっていた。
「そうだ、いっそのこと、また将臣くんに頼んで、あの怪しげな薬を使ってみて聞き出すっていうのはどう!?朔」
と声にばっちり出して振り向いた望美は。
「――――――」
かちん、と固まった。
「お前なぁ…。懲りたろ、あん時に」
呆れた将臣とその隣。
「…よほど足りないみたいだな?」
張本人、知盛がいた。
ちなみに、その二人の近くで朔は苦笑している。
「なな、何で教えてくれなかったの、朔!!!」
涙目になり望美は朔に泣きつく。
「うそうそ!!言ってみただけだから!!そんな事しようなんて本気で思っていたりなんかしてないよ!!!」
「…それは知盛殿に向かって言うべきでしょう、望美」
その通りなのだが、望美にそんな勇気はない。
「そんなこと言ってもコイツの場合、許してくれそうにねぇけどな…」
将臣が追い討ちをかける。
「…あ、あうぅ…」
がくーっとその場で打ちのめされる望美。
「…orzっていう絵文字が見事に表現されてるぞ、望美…」
少々気の毒そうに、将臣が言う。
「だって実際その通りだもん…それもこれも、ぜんっぶ知盛が悪いのよ――――――!!!!!」
悲鳴が部屋中に響く。
「……本人を目の前にしてそれを言うか…?」
「…望美、何故知盛殿が悪いの?」
「だってだって、だって!!」
ぜいぜい、と息が荒くなった望美は完全に我を失っている。
「はいはい、落ち着け望美」
「…っ、いくら年月経っても、ほんとに何が欲しいのか分からないっていうのが、悔しいの!!!」
珍しいくらいに望美はピリピリしている。
言葉を選ばなければ、その場で花断ちを食らいそうだ。
「…………………」
知盛は答えない。
「っていうか、望美」
将臣が口を開く。
「何?」
「…ええ、そうね、将臣殿。望美、私、出かけるわ」
「え!?朔!!」
「そんなに気になるなら聞け。そしてお前一人が考えろ。延々と付き合わされるのも大変なんだよ。朔と俺はしばらく遊んでくるから、好きなだけ話し合いなり喧嘩なりしとけ。じゃな」
えらく冷たい言い草の将臣は、朔と共に部屋を出て行ってしまった。
ものすごく気まずい。普通の女性ならまず逃げ出す。
「…ご、ごめん。知盛」
空気で既に彼が苛ついているのが理解出来た望美は、先に謝っておく。
(多分、去年の時点で既に分かりきってはいたんだよね…あの薬のお陰ってのが、ちょっとアレだけど…)
ぽすん、とソファに座る。
「…そうだよね…いっつも周りに迷惑かけてるもんね…怒るの当たり前か…」
朔も呆れていたらしい。将臣に黙ってついて行ったのがその証拠だ。
「…で、どうする?喧嘩したら多分、この部屋は崩壊すると思うけど」
本気ではないが、それ位した方がいいかもしれない。
だが、知盛は黙ったまま。
「………何か喋ってよ」
さすがに一人だけ喋るのは痛い。壁に向かって独り言を言ってるのと変わらない。
「話し合いにもならないじゃない。何も欲しくないの?何が欲しいの?」
彼はあまり、何が欲しいとか何がいらないとか好きとか嫌いとか、口にはしない。
だから、確信が欲しいのに、分からないままというのが多いのだ。
「…そんなに俺が怖いか」
だが、彼が口にしたのはそんな一言。
「…怖い?」
何故怯えなくてはならないのだろう。
「怖かったら、何も出来ないし言えないじゃない」
そう、恐怖というものは行動を制限する。会話も行動も、恐怖の元には麻痺してしまうのだ。
「では、何故こちらを見ない」
「!」
言われてようやく気付く。そうだ。彼の顔を、まだきちんと今日は見ていない。
もしかして、知らず知らずのうちに、自分は彼に怯えていたのだろうか。
「……そんな、わけない」
呟いて、顔を上げる。ようやく、知盛の表情が見えた。
「………」
さすがに望美は絶句した。
(き、傷ついて、る………!?)
伊達に付き合いは長くない。わずかな表情で感情の理解くらいはできる。
しかし、ここまでとは。
「あ、あああ、ごめん、ごめん知盛!!!」
さすがに焦って望美は立ち上がり、知盛へ近付く。
「ほんとごめん!!」
何に謝ってるのか分からないくらい、望美は謝る。
相当の罪悪感が積み重なっていたらしい。
謝りながら、何故か自分が泣き出していた。
「っく、ひっく…ごめん、なさぃ…」
しがみついて、体を震わせる。
曖昧にしか信じられていない自分に驚き、嫌悪する。
本当は、誕生日のプレゼントなんかより、もっと大事なものを贈るべきなのだ。
と。
「泣くな…」
そっけないが、頭を撫でる手が優しい。
そう、彼は優しい。それに甘えていた。
「ふえぇ…ん」
子供のように泣く望美をそのままに、知盛はふと何かを思案していた。
「今頃、どうなってるかな」
「…喧嘩していたら、片付けなくてはならないわね…」
心配そうに呟く朔。隣で荷物を持っている将臣は、あっさりそれを否定した。
「ああ、そりゃ心配ねえよ。知盛のやつ、それどころじゃなかったみてえだし」
「え?」
きょとんとする朔に、将臣は意地の悪い笑みを浮かべる。
「望美、全くアイツの顔見てねえからな。気づいた時の反応が想像するだけで楽しいぜ」
「そ、そうなの…?」
「だから大丈夫だって。お、次はここ入ろうぜ」
立ち止まって将臣が指差すのは、ゲーセン。
「……そうね。まだまだ時間はあるもの」
朔は、しばらく考えた後にそう答えたのだった。
それから数日後。
「…望美が寝込んだぁ?」
知盛から珍しく電話があった。将臣は怪訝そうに返す。
「……マジで?うわ、気の毒に…望美」
合唱ではなく、胸の上で十字を切る将臣は、もはや「ご愁傷様」扱いだ。
「そうか。んじゃ頼むわ。…長引かせんなよ?譲が切れるからな」
一応注意し、電話を切る将臣。
そこに、朔がやってきた。
「…望美がどうかしたの?」
「ああ。ちょいとお仕置きが過ぎたらしい。数日寝込むくらい体調崩したってさ」
「……そ、そう…」
賢明な朔はそれ以上の追求はしなかった。きっとあらかた理解はしているのだろう。
「結局、何をあげたのかしら?」
「……さあ?今回はまったく望美が教えてくれなかったからな」
肩をすくめる将臣だが、実は予想がついていた。
(……ま。この先もアイツに任せてりゃ問題ねえか)
どうせ、あの二人の発展していそうでしていない雰囲気も、そろそろ変わる頃だ。
「幸せになれよー」
遠い目をして呟く将臣に、朔が苦笑した。
「将臣殿、父親みたいよ?」
「……………きっつ」
同い年のお父さん、はさすがに遠慮したい、と将臣は思ったのだった。
一方。
「…寝込んでるに違いはないけどね…知盛」
嘆息して望美が抗議する。
「だからって、ここまでしなくっても…」
「俺がまだ信用ならないんだろう…?」
痛いところを突かれる。
「ううう…だからもう信用してるってば…」
「俺は信用していないがな…」
「って、それどういう事!?」
本音など、いつ聞けるか分からない。なら彼の言う全てを真実として受け入れた方がはるかに良いと思ったが、手痛いおまけがついてきてしまったようである。
「恋人を疑うのって、リスクが高いのね…」
そもそも疑うな、というのが正しいが、それは無理な話だ。
「まだ疑っていたのか…?」
「もう疑ってません!!」
慌てて即座に言い返す望美。
いくらなんでも、ここまでされて信じないわけがない。
彼は、誕生日プレゼントなどいらない、と言った。
その代わりに、独占したいと。
もちろん、望美は是も非もなかった。
「…でも、その間くらい、外に出かけようよ…」
引きこもりは性に合わない。
「……首輪付きでも良いなら、考えんでもないぞ…?」
「ちょっと!私、ペットじゃないってば!」
どこまで嫉妬深く、独占欲が強いのだろう。
考えるだけで眩暈がする。
それでも、安堵した。
自分が彼の隣に居ても良い、唯一の人間なんだと。
疑うのは、怖いから。
信じる事が出来たのは、もう怖くないから。
子供のように、小さく手を握り、望美はゆっくり眠りについた。
<Happy Birthday!>
-了-