遥か3

□ちょこれーと戦争
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【ちょこれーと戦争】

「きゃ――――――!!?」

 2月13日。
 扉を開けた知盛を迎えたのは、他ならぬ恋人である望美の悲鳴であった…。


 悲鳴の出処はキッチン。
 ということは。
(また料理に失敗でもしたか…)
 あっさり結論づけた知盛はキッチンに向かった。
 キッチンのドアを開けると、甘く香ばしい…いや、どっちかと言えば焦臭いに入る匂いが一気に知盛を包む。
「…もう〜…何で〜?」
 真っ黒な物体を前にして、半泣きの望美は知盛の存在に気付いてない。
 とりあえず知盛は背後から近付いてヒョイとその黒い物体を一つ取り上げ、ぱくりと食べた。
 直後。
「……味がしない」
 一言、ぼそりと知盛が呟く。
「と、知盛!駄目だよ、お腹壊すよ!?」
 さすがに気付いた望美が知盛を心配する。
 一体何を入れたのか、流石に知盛は不安になった。
 ふとテーブルを見れば、お菓子の本。

『簡単チョコクッキーの作り方』

 のページが開いてある。
「……もしかしなくても、これが…」
「うん。失敗したけどね」
 皆まで言わずとも認める望美に、知盛は不可解そうに尋ねた。
「何故、こんなものを…」
「……えっと、作りたかったから?」
 何で答えが疑問形になるんだ、と思った知盛だが、そっちよりもまずはこの失敗した代物の方が問題だった。
「…出来ないなら、やめた方がいいんじゃないか…?」
「うう…知盛みたいに何でも出来ないもん。でも、一つくらい…」
 すっかり意気消沈してしまった望美。だが、すぐに顔を上げ、知盛に言った。
「ねぇ知盛。これ、教えて!」
「…………………は?」
 分からない。どうしてそうなるのだろうか。
「…有川の弟にでも頼んだらどうだ…?」
 自分より適任だと思い、そう進言した知盛だが、望美はあっさり却下した。
「だって譲くんは忙しいもん」
「…それは、俺が暇人だという事か…?」
 さりげなく意地の悪い事を言い返してみる。
 望美はわたわたと失言に辟易し、だがまたしても立ち直った。
「ほんとにお願い!!ちゃんとお礼するから!!」
 あまりに必死な望美のお願いと「お礼」に、知盛はしばし考え、そして微笑と共に望美に告げた。
「…クッ。引き受けてやるよ…」
「やったあぁ!」
 飛び跳ねんばかりに喜ぶ望美。
 そして早速、臨時の知盛によるお菓子作り指南が始まった…。



 ――――が。
「バターが溶けない〜」
「…冷蔵庫から出したばかりだろうが」
「ええ?だって常温って」
「…ほう?お前の冷蔵庫は、平均温度が15度前後もあるのか」
 嫌味口調で言われ、望美はムッとして言い返した。
「そ、そんなわけないでしょ!言葉のあやよ!」
「……さっさとやれ」
 あっさりスルーされた望美は、がしがしと泡立て器でバターに八つ当たりした。



 それからは何事もなく進……まなかった。
「あー!オーブンの予熱忘れた!」
「…焼く直前になって言うな」
 すっかり冷めたオーブンを前に、望美はがっくりした。
「とりあえず…180度にして…」
 最近の機械は優秀である。
 オーブンの場合は温度さえ設定すれば、ボタン一つで大概が作れる。
「あとはこれで焼けるまで待つだけ!」
 …のはずだったが。



「…まだかなぁ」
 5分ともたずにオーブンの蓋を開ける望美。
 知盛は呆れてぼやいた。
「…放っておいても焼けるだろうが」
「んー…」
 うろうろ。うろうろ。
「………」
 段々、知盛は苛々してきた。
 落ち着かない望美は、頻繁にイスとオーブンを行ったり来たりしている。
「…いい加減、黙って座っていろ」
「何か落ち着かなくて」
「…いいから座れ。でないと椅子に縛りつけるぞ…?」
「!!分かりました!」
 慌てて望美は椅子に座る。
 彼はやると言ったらやる。冗談は言わない。
 望美は、むうっとふくれながら知盛を見た。
 相変わらず、彼は静かだ。…苛々はしているが。
「知盛に弱点ってないのかなぁ…」
 溜め息混じりに呟いてしまう。
 すると聞きとがめた知盛がちらりと望美を見た。
「俺の弱点なんぞ知って…どうする気だ?」
「何となく、気になっただけ。完璧な人間って居ないって言うし」
 彼の欠点らしい欠点はあるが、弱点となるとまったく掴めない。
「完璧…か。つまらんな」
「言うと思った」
 知盛の事だ。どうせまた、すぐには理解し難いことでも考えているのだろう。
「完璧など…その先がない。それに、崩れるのも一瞬だろう…?」
「…テストでトップだった人が次のテストでは順位が下がってた、ってのと同じ?」
 難しい顔をして考えながらも望美が言う。
「さて、な…それより」
 あっさりはぐらかすと、知盛は残酷な一言を放った。
「焦げてるんじゃないか?」
 はっと望美がオーブンを開ければ、確かに多少こんがりし過ぎたクッキーが姿を現した。
「ま、まだ…無事……だと思う!」
 確かに、先刻の代物よりは大分マシだ。
 試しに一つだけ望美は食べてみる。
「………………」
 もぐもぐもぐ。
「――――なぁんだ。大丈夫!おいしいよっ」
 あっけらかんと笑って望美は言う。
「良かったー!これで次からは一人で作れるっ」
 …作れるのか、知盛は甚だ疑問に思った。


 そして翌日。
「はいっ、知盛!」
 可愛いラッピングに包まれた物を渡されて、知盛はきょとんとした。
「…何だ?これは」
「バレンタインだから、チョコレート!」
 そういえば、と思い出す。
(有川が言ってたな…)
 バレンタインは、女性が男性にチョコレートを送る日だ、と。
「あまり甘くない方がいいかなって思ったから、ビターにしたの」
 開けてと言われて開けてみると、中には綺麗な箱。その箱の中には綺麗な形のチョコレートが。
 どうやら有名ブランドのチョコレートらしい。
「チョコレートなら昨日、作り方を教えた筈だが…」
「うん。でもあの後失敗したから」
 あっさり返した望美は、更に続ける。
「しかも、譲くんと将臣くんに「手作りだけはやめろ」って必死で止められちゃって。何でかなぁ?」
 知盛は頭痛がした。
 要するに、あまり教えた意味はなかったらしい。
 そうなれば、面白くなくなったのも当然で。
「…おい」
「何?……何か嫌な予感するんだけど」
 思わず身を引く望美の腕を捕まえ、知盛は告げた。
「…お前の手で食べさせてくれよ…」
 にやり、と笑う。
 途端に真っ赤になる望美。
「そ、そんな…ちっちゃい子供みたいな…」
「ならば…口移しでも構わんさ…」
 悪化している。
「で、出来るわけないでしょ!?」
「………ほう?」
 すぅっと知盛の目が細くなる。
「望美、お礼はどうした…?」
「うっ」
「…喜ばれてこその「お礼」だったはずだが?」
「で、でも!キスくらい、お礼じゃなくたって…」
「ならばキスくらい、いつでもしてくれるだろう?なぁ、望美…」
 言葉で知盛に勝とうなど、無理だ。
 観念して、望美はチョコレートを一つ手に取り、唇に含む。そのまま、知盛に口付けた。
「…っ」
 ふわり、甘い香りが強く感じられる。
 チョコレートが知盛に奪われ、望美は離れようとした。
 が、やはりそれで終わりなわけがない。
「――――!!」
 溶けたチョコレートが望美の唇から舌に伝わってゆく。
 あまりにも甘美なキスに、望美は目眩がした。
 どれだけ経ったのか、ふっと呼吸が楽になる。
「…っは」
 くらくらしながら知盛を見つめれば、妙に目を輝かせている。
「…顔が赤いな」
「だって、知盛が…」
 息さえ出来なくなりそうなキスだったのだ。抗議は少しくらい良いはずである。
「…そうか?チョコレートに入っていた酒にも…酔ったんじゃないか?」
 言われて、はたと気付く。
 知盛にと思ったからこそ、お酒入りを選んだ。その事実を、今ようやく思い出した。
 しかもチョコレートボンボンとまではいかないが、そこそこの濃さだ。
 愉しげに笑う知盛に、余計に不安をあおられる望美。
「…さあ…俺を、満足させてくれよ…。こんなものじゃ、まだまだ……足りないぜ?」
 この酒入りのチョコレートはまだある。全部やらなくてはならないのだろうか。
「ま、まさか…これ全部、なんて言わないでしょ?」
 一応訊いてみる。が。
「そのまさかだ…」
 がっくり、と望美は疲れたようにうなだれた。
 ここまであからさまに求められるのも、そう悪くはない。
 だが、これが終わるのは一体いつだろうか。
 チョコレートに手を伸ばしながら、望美はちょっぴり不安をおぼえた。


                



〜おまけ〜

 それから、しばらく経った頃。

「にゃ〜知盛ぃ〜」
 ごろごろと知盛になつく望美の顔は赤い。
 テーブルにはすっかり空になった箱。
「おい…」
 さすがに、知盛も対処に困る。
「知盛大好き〜」
 酔っている為か、滅多に言わない台詞まで惜しみなく披露してくれる望美。
 …当然ながら、望美は未成年だ。真面目な彼女が酒に慣れているともあまり思えない。
 しかも、幼馴染みの有川兄弟にこの事を知られてしまえば、確実に色々と面倒が起こる。
「………」
 しばし考え、知盛はひょいと望美を抱え上げると呟く。
「…自業自得だな」
 そのまま、望美の部屋に知盛は向かった。
 ―――当然、介抱の為に。



 数時間後、酔いが覚めた望美は、自分の身に何が起こったのかを理解した後、
(知盛に食べ物とお酒をプレゼントに選ぶのはやめよう)
 と固く誓ったのだった…。

-了-

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