遥か3

□マホウノクスリ-甘い言葉にご用心-
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【マホウノクスリ-甘い言葉にご用心】

 残暑も大分落ち着きつつある9月の中頃。
 世間様同様お休みの将臣は、呑気に昼寝をしていた。
 向こうの世界から戻って来て2年。全てが元通りになり、現在将臣は一人暮らしの大学生だ。
 実家からは少し遠いものの、兄弟の譲や幼なじみの望美がちょくちょくやってくる。
 …が、今日は少々問題ありだった。
「まっさおっみく――――ん!!!」
 勢いよくドアを開け放ち、大声と共に真っ先に将臣の腹の上に乗っかってきたのは。
「ぐえっ!?お、重い…望美…」
「ちょっと、女の子に向かってそれはないんじゃない?」
 不満げに唇を尖らせ、それでも避けない幼なじみは次いで勢いのまま訊いた。
「ねえ、将臣くんなら知ってるでしょ!?」
「…何をだよ。まず下りろ」
 言いながら「よいしょ」と望美を下ろし、将臣は訊き返した。
 すると、幼なじみが返す。
「知盛の欲しい物!」
 その名前を聞いた途端、将臣はげんなりした。
(なんで俺に訊くんだ…)
 そういえば誕生日が近かったな、と納得するも、出来れば関わりたくない。
 何せ戦いと望美以外はどうでもいい男だ。おまけに分かりにくいが嫉妬深い。
 考えただけで頭痛がしてくる相手のことなど分かるわけもなく、だが目の前にいる幼なじみの切実な顔を無視できるわけもなく。
 よりにもよって、白龍に頼んで連れてきてもらったという望美の彼氏が知盛とは、何ともはや。
 思わず将臣の口から溜息が出た。
 そのココロは。
(また巻き込まれんのかよ…)
 それこそ切実に勘弁願いたい将臣だった。

「去年は石の付いたピアスをあげたの。そしたら」
「あー、お前に開けさせたんだよな。医者は面倒とか言って」
 過去に何をあげたか、から話は始まった。その際も将臣はプレゼント選びに借り出されたのだ。
「そう!怖かったんだからね!昔テレビで見たんだけど、ピアス開けてた人の耳から白い糸が出てきて、それ引っ張り続けたら目が見えなくなったって話思い出しちゃったくらい」
 半泣き状態の望美の話を聞く将臣は、やや頬を引きつらせて言った。
「そういうリアルに恐ろしい話はやめろ…」
 もし知盛が盲目になったら余計に被害者が増えそうである。
(…いや、待てよ。あいつの目が見えなくなったらそれはそれで平和かも…)
 ついそんな事を考える将臣をジト目で見ながら望美は冷たく言った。
「将臣くん、今すっごく酷いこと考えてない?」
 ぎく、とした将臣は慌てて話を逸らした。
「気のせいだ!で、今年は何がいいと思うんだ?」
「それが分かんないから困ってるんじゃない」
 それもそうか、と将臣はこめかみを押さえた。大体、あの知盛が物に執着などするとも思えない。
 と、すれば。
「よし、望美。お前、あいつにお前の人生をプレゼントしちまえ!」
 直後に望美の鉄拳が下ったのは言うまでもなかった。
「〜〜〜〜〜!!!」
 頭を押さえて沈み込む将臣に、
「少しは真面目に考えて!」
 容赦なく望美の怒号である。
「だから、直接訊けって。そうしなきゃわかんねえんだからよ」
「…だって、メールとか送っても、ほとんど返事ないし、ていうか大抵電源切ってるんだよ!?もう一週間も!」
「………浮気してんのか?」
 思わず疑う将臣は、ふと思い出したように立ち上がった。机のあたりを探る。
「どうしたの?」
「…お、あったあった」
 元の位置に戻ってきた将臣が持っていたのは、紙切れ。
「…何これ」
 チケットのような紙には「何でもあります―魔法薬局―」とある。
「うさんくさいね」
「まあ、まあ。とにかくそれもって歩いてみろって。どっかで確実に見つかるから」
 一体どこで手に入れたんだろうか。自信ありげな将臣はそれ以上説明しなかった。


 将臣の家を出て、地元の駅まで帰ってきた望美は、
「そこのお嬢さん。何か悩みがあるね」
 駅を出た直後に呼び止められた。
「…はい?」
 振り向くと老婆が座っている。顔はフードに隠れてよく見えない。見るからに怪しい雰囲気だった。
「その紙を見せてごらん」
 言われて望美はポケットに入れていたあの紙切れを出した。
「…ほうほう、恋人の悩みかい。…ではお嬢さんには、この薬をあげよう」
「は、はい?あの…」
 ごそごそと老婆が袋から取り出したのは、小さな瓶。ガラスで、綺麗な細工がしてある。
「こ、これは…?」
「お嬢さんの知りたいことが訊きだせる薬さね。何でもさ。恋人の浮気も、友人の秘密も。そして、相手の望みも、これをちょっと飲ませれば簡単に知ることが出来るよ」
 ひひひ、と老婆は笑う。要は自白剤なわけだが、望美は相手の知りたいことが分かる、というだけですっかり欲しくなってしまった。
「こ、これ、いくらですか?」
 瓶を握り締め、尋ねる。すると老婆は。
「いらんよ。…そうそう、それを飲ませる時は、飲み物に混ぜるんだよ。それから効き目は1時間。即効性だからね。聞きたいだけ聞いたら眠らせておあげ。目覚めた時には何にも覚えとらんよ」
 そう言うと、目の前でふっと掻き消えた。
「え…えええ!!?」
 驚く望美だが、手には瓶がしっかり握られていた。
 夢を見たような気持ちで、望美が家に帰り着くと携帯が鳴った。
「…誰だろう?」
 メールだった。開いた途端、目が一杯に見開かれる。
「と、知盛!」
 明後日の午後に来るよう、書かれていた。



 約束の日の午後。望美はバッグにあの薬を忍び込ませ、知盛の住むマンションへやってきた。
「…久しぶり、だね。ちゃんと休んでる?」
「お前ほど暇ではないがな…」
「もう、憎まれ口ばっかり。誰かが見てないと、すぐに不規則生活になっちゃうくせに」
 相変わらずなようで、望美はほっとした。
 そういえば、とふとカップに目をやるが減っていない。仕方無しに自分のカップを取る。
「お茶、冷めちゃうよ?折角葉っぱから淹れたのに」
 淹れ方は譲に教えてもらったが言わないでおく。過去に譲や将臣の事を話していたら不機嫌になったのだ。
「やれやれ」
 小さく呟くと、知盛はまだ熱いはずの紅茶を一気に飲み干してしまった。
「や、やけどしてない?」
 驚く望美だが、知盛は平然としている。
「ああ」
(よ、よく分からないけど、成功?)
 そうと決まればあとは進むだけだ。
「…ねえ、知盛。誕生日に欲しいもの、ある?」
「欲しいもの…?」
 考え込んでしまう知盛。望美は不安になった。
(や、やっぱりインチキだったの?)
 だが、そう思った直後。
「…そう、だな。お前が欲しい」
「――――え」
「望美、お前だけでいい」
 その答えに、望美は焦った。
「た、誕生日プレゼントの話をしてるんだよ?」
「ああ。お前がくれるんだろう?」
「だ、だからって…ほ、他に、私以外でないの?」
 押し問答している暇はない。これで失敗したら水の泡だ。知盛に同じ手は通用しない。
「………ないな」
「なくっちゃ困るの!」
「何でもいい。お前がくれるなら。だが、一番に欲しいのは望美だ」
 銀並に恥ずかしい台詞である。とても平静に聞いてはいられない。
「そ、そう。ありがとう、知盛」
 そしてもう眠らせてしまおう、と思っていたら。
「…全て、俺のものにしたい。この腕の中に閉じ込めて、永遠に俺だけを見ていればいい…」
 抱きしめられて、望美はくらくらとめまいがした。
 これが彼の本心だというのか。あまりにも違いすぎである。
 だが同時に、これ以上聞き続けるのは危険だと悟った望美は、強引に知盛をソファに寝かしつけた。
「も、もう休んで。ね?」
「……どこにも行くな。ここに居ろ…。でないと…」
 縋るような目で知盛が言う。こくこくと望美は頷いた。
「だ、大丈夫。ここにいるから」
 これはきっと夢なんだ、と望美は思うことにした。でないと身が持たない。
 ようやく知盛が眠りにおち、望美はそっと片付けをした。
 帰ろうかな、と思い、カバンの中を見て青ざめる。
(な、ない!)
 薬瓶が無くなっている。望美は慌てて探し始めた。
 もしあれが知盛に見つかってしまえば、ただではすまない。心身共に負担のかかるきつーいお仕置きが待っている。
 おまけにまだ中身は残っている。今後どんなことに使われるか、考えただけで血の気が引いた。
 その必死さのおかげか、ソファの裏の床に転がっていたのを見付け、拾い上げた望美はほっと安堵の息をついた。
「良かったぁ…」
 ―――と、その時。
「何が“良かった”んだ?」
 頭上から声がして、望美は固まった。
 恐る恐る振り向き、声をかける。
「…お、おはよ、知盛」
 だが、知盛は望美の手の中の瓶を指差し、訊く。
「それは何だ?」
「こ、香水」
 とっさの嘘だが、外見だけならそれでも通用する。
 だが、今回は少々、状況が悪い。
「いつの間に俺は眠っていた?…記憶が途中からないんだが」
「!」
 冷や汗が背中を伝う。それでも突き通さなければ。
「き、きっと疲れてたんだよ。ね」
「…俺にその怪しげな薬を使って何をしたかは言えないわけか」
「………」
 何故あなたはだまされてくれないんですか、と望美は泣きたくなった。
「どうした?顔色が悪いな」
「わ、私、何にもしてないもん」
 それでも嘘を突き通す望美。なかなか強情である。
「……ところで、何で俺がお前を呼んだか分かるか?」
 そういえば、と望美は気付く。珍しいと思ったのだ。
「…その薬の使い道を訊くつもりだったんだが、まさか俺に使われるとはな」
「な、何で知って」
「一昨日の駅で見たからな」
 望美はがっくりと肩を落とした。
(私の必死の嘘は何だったわけ…?)
「で、でも、何も知盛が困るような事は訊いてないよ。ほんと」
「…自白剤か」
 知らなかったらしい。墓穴を掘りまくる望美は、観念して謝った。
「ご、ごめんなさい。別に悪い事に使うとか、そんなんじゃなかったんだけど」
「俺の浮気調査でもするつもりだったか?」
「ち、違うよ。………心配はちょっぴりしたけど」
 それどころではなかった上、その気配すらなかったのだ。必要性はゼロだろう。
「と、とにかく、もうこんなの使わないから」
「…ならばこちらによこせ」
「だっ、だめ!!折角将臣くんに…あっ」
 あわてて口を手で塞ぐも、遅い。
「…有川か。なかなか楽しい事をしてくれるな」
 そう言いながら、目は笑っていない。
「と、知盛に渡したら何に使われるか分かったもんじゃないもの!これはだめ!」
 バッグに放り込み、口をぴっちり閉める望美に、知盛は告げた。
「…ならその代わり、何を訊いたか教えてもらおうか」
「そ、それは…言えません!」
 その時、携帯が鳴った。母親からだ。チャンスとばかりに望美は逃げた。
「お、覚えていたら誕生日に教えてあげる!じゃあまたね!」
 そして出て行く望美を見送った知盛は、携帯を誰かにかけ始めた。
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