遥か3
□銀鏡迷宮
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【銀鏡迷宮】
これは、ある麗か(?)な休日に起こった、不幸な悪夢である。
朝日のさんさんと差し込むリビングの中、いつもより早めの起床だった望美は、食後のお茶を飲みながら、テレビを見ていた。
「へぇ〜、兄弟って姉妹と違って、喧嘩の量少ないんだあ…」(※注・真偽は定かではありません)
一人っ子である望美は兄弟姉妹というものがないため、こういったことには疎い。
(兄弟っていえば…あの二人はよく喧嘩してるよねえ…。昨日もだったし。今日も喧嘩してなきゃいいけど)
そう心配した望美が軽く溜め息をついた時だった。
―――ピンポンピンポン!――ガチャ、ずべっ!―――
「わっ、な、何?」
驚いた望美が玄関へと急いで行くと。
「せ、先輩…っ」
「譲くん!どうしたの?」
望美の幼なじみである有川譲が、ズレた眼鏡も直さず望美を見ると、一言。
「たっ…大変です」
この世の終わり、みたいな顔で言われると迫力が増す。望美は少々たじろぎ手を差し伸べた。
「と、とにかく起きて、譲くん。怪我はない?」
「そんなことより来て下さい!銀と知盛が…あの二人が…」
蒼白な譲の言葉に、望美はふと思いつき青くなった。
「え、何?もしかして…二人は…デキてたとか」
「余計に気持ち悪くなることを言わないで下さいよ!」
「あ、違うんだ…」
心なしかほっとする望美の手を引き、譲は厳かに告げた。
「実は…二人が――――入れ替わりました」
呆然とする望美を引っ張り、譲は隣の自宅へと引っ張って行った。
そこで望美を迎えたのが、
「いらっしゃいませ、神子様!」
………銀の口調をした、平家の知将・平 知盛だった。
「…お邪魔しました」
即座に回れ右をする望美に慌てて譲はしがみついた。
「先輩お願いです、逃げないで下さい!」
「落ち着いて譲くん。これはきっと悪い夢だよ。寝直せばきっと分かるよ」
とか言いながらまったく落ち着いてない顔の望美だが、
「神子様…この銀がお嫌いになったのですか。もし一生をかけて償えないのであれば、今この死をもって…!」
ハサミを出して心臓に突き立てようとした銀(外見は知盛(以降割愛))を望美と譲は慌てまくって止めた。
「待って待って待って――――――!」
「どっから持ち出したんですかそれ―――!とにかく止めて下さい!それ知盛の体ですよ!」
それからようやく望美の説得で刃物を手放した銀に譲が訊いた。
「そういえば知盛は?」
だが、銀が答えるまでもなかった。
「…神子殿に殺されるのは本望だが…お前に勝手に殺されるのは御免だ」
うんざり気味の声。
良く言えばのんびり、悪く言ったらとろい、彼の口調にその場にいた全員が振り返った。
「銀が目つき悪くなってる…」
ぼそ、と呟く望美の声に反応した知盛(外見は銀(以降割愛))。
「ほう…つまり、普段の俺は相当な凶悪顔だといいたいわけだ」
流し目に思わずドキッとしたが望美は慌てて否定する。
「そそそんなここことななないようう」
慌てすぎて噛みまくる台詞。
そしてにっこり笑顔の銀が何故か黒いオーラを纏い言った。
「神子様、あまり気を遣わなくとも、兄は少々の事実では感情のままに怒ったりなどしないはずですから、お気になさらず」
「し、銀…それ、ものすごくフォローになってない」
「そうですか?ですが兄上は例え私のような繊細な体になったとしても、いつものように図太い神経で平然としておられるでしょう」
それもう例えじゃないから、とは誰も言えない。
と、そこに。
「お、お前らそんなとこで何やってんだ?弁慶たちが治療法を探すから協力してやれよ」
「将臣くん」
ほっとした望美が同い年の幼なじみ兼譲の兄である有川将臣に駆け寄った。
「どうしよう〜。二人が入れ替わったら二人とも怖い〜」
「あー、よしよし。よく頑張ったな」
まるで小さい子をあやすように、望美の頭を撫でる将臣。
それを見てた譲が、嫉妬の焔を燃やす。
(兄さんずるいぞ!いつもおいしいところばかり持って行きやがってっ!)
…と。
「譲殿、将臣殿が邪魔ですか?協力しましょうか?」
ふふふ…と真っ黒な笑みで銀が譲に囁いた。
「……し、銀…?」
「弟だからといって遠慮はいりません。欲しいものがあるなら、奪い取ってしまえば…」
じわりじわりとにじり寄る銀に引きつった表情で譲は後ずさる。
「…お前は遠慮を知らな過ぎる。俺の体でそういう事をする辺り、お前の性格が分かるな」
知盛が何の気まぐれか助け舟を出した。
「兄上ほど薄情ではありませんよ」
「…お前ほど陰湿でもないがな」
火花が散り始め、譲が二人の間に割って入る。
「二人とも止めて下さいっ!」
一番苦労人な譲を見て、将臣が呟いた。
「あいつ将来禿げるぞ」
「うん…」
ちょっぴり譲に同情した望美だった。
「さて、みなさんようやく揃いましたね。ではこれから、二人を元に戻す方法を可及的速やかに考え出したいと思います」
有川家リビング。弁慶が皆の前に立って司会をする。
「で、まず原因ですが…」
「知らん」
のっけから知盛が即答した。
「いきなりやる気くじくようなこと言わないでくれる?あんたらが原因なんだから」
ヒノエが不機嫌に言い放つ。どうやら強引に参加させられたらしい。
「まあまあ、ヒノエ。それで、銀も分からないのですか?」
「はい。朝起きたら、このような信じ難い事に」
弁慶の質問に頷く銀。
「頭を二人して強くぶつけたとか、雷に打たれたとか?」
「…兄上、真面目にやってくださらないと。この二人が同時に頭を打つ機会はおろか、昨夜は望月でした。大体、雷に打たれたら死んでしまうのが普通でしょう」
「さ、朔〜。オレは真面目だよ〜」
「景時。情けない声を出すな」
「九郎まで…」
しくしくしく、と一人沈んだ景時を放置して、更に会議は進んでゆく。
「…仕方ありませんね。では、解決策を考えてみましょうか」
「とりあえす、何かショックを与えてみますか?」
「もう一回眠らせてみるとか」
「大きい病院に連れてく…のは無理だな。保険証ねぇし」
「……いっそ、記憶を失くして一から叩き込むとか」
ぼそ、と言い出す弁慶に皆が――知盛でさえ――固まった。
「…あ、あの、弁慶さん?それはやめた方が…」
「ふふっ、冗談ですよもちろん」
どう見ても本気だったが、あえてそこは誰も突っ込まなかった。
「…何かどれも無理っぽい」
はあ、と嘆息し望美が絶望的に呟く。
「…催眠術で原因を探れないかしら」
不意に朔が提案した。皆の視線が集中する。
「はら、よくテレビでもやっているでしょう?退行催眠とか」
「ああ、それで過去に戻って記憶を取り戻したりするんですよね」
譲は納得して頷くと立ち上がった。
「俺、ちょっと図書館行ってきます」
「あ、待って譲くん。オレも行くよ」
景時がそう言って部屋を後にした。
「…で、誰がかけるの?」
望美の疑問に答えたのは。
「僕がやりましょう。さ、ヒノエ。予行演習に君も手伝ってもらいます。行きましょうか」
「やだよ。何でオレが」
楽しそうに引き受けた叔父に、たじろぐ甥。
「素直に言うことを聞かないと、あのことやこのことを望美さんにバラしますよ?」
「!分かったよ、行きゃあいいんだろ!」
青ざめたヒノエは、大人しく弁慶について行った。
「…戻った時にあいつの性格がいかれてなきゃいいけどな…」
将臣が同情気味に言った。
「では、お茶でも淹れて皆さんをお待ちしましょうか」
と、銀が立った。
「銀、お前のんきだなあ」
半ば呆れる将臣だが、ふとソファーに陣取る知盛を見て。
「お前は怠けすぎだ知盛!働け!」
思わず怒鳴った。
「…眠い」
それだけ返し、睡眠に入ろうとした知盛に、望美がお説教を始めた。
「そうやって人任せばっかりしてないで少しは銀を手伝いなさい!体鈍るよ」
だが、睡眠の方が今は優先だった彼に、銀をかばうような発言はまずかったようだ。
不機嫌に望美を睨むと立ち上がり、リビングを出る。
「ちょっとどこ行くの?」
「俺は…俺の好きにさせてもらう…」
それだけ低い声で望美に返し知盛は出ていった。階段を上がる音が聞こえる。
まずった、と望美は苦い表情をした。
「…怒らせちゃった」
「ふて寝ですよ。放っておきましょう」
紅茶を持ってきた銀が言う。
「で、でも」
「…そうね。相手を思いやる気持ちを考えて貰うにはいい機会だわ」
朔が銀に同意する。
だが、将臣が難しい顔で言った。
「…アイツが素直に反省するか?」
「………しないんじゃないかな」
「素直に反省して下されば、今まで将臣殿も苦労はなさらなかったと思われますが」
沈みがちになる室内。
と、そこに、出掛けていた面々が帰ってきた。
「…神子、どうした?」
リズヴァーンが望美の様子に気付き声をかける。
「せ、先生…知盛が…」
おろおろする望美と、
「…み、神子…先ほど屋根に居たら、その、殺気が…」
青ざめた敦盛の台詞に、事情を知る者が、顔を手で覆った。
「やっべえな…」
「…子供の様ですね、まるで」
「分かりやすいわ…」
口々に呟く彼らは、先刻の経緯を説明した。
約十分後。
「姫君達を困らせるなんて、ずいぶんと迷惑な野郎だね」
ヒノエが憮然として言った。どうやら精神は無事だったらしい。
「神子、大丈夫?元気ない…」
小さい白龍が心配そうに望美を見る。
「大丈夫だよ、白龍。…私が謝ってくる」
後半の台詞に周りが必死で却下した。
「この家壊す気かお前!」
「あなたが無事でいられる保証はないんですよ?」
「勝算が低すぎます!」
「状況を見てから言え!何の準備もなく敵に突っ込む馬鹿が何処にいる!」
「九郎さんひどい!私が考え無しだって言ってるみたいじゃないですか!」
九郎の言葉に反応し、望美は言い返した。
だが九郎も負けてはいない。
「実際そうじゃないか。あの男に剣無しで一人で立ち向かえるのか!?」
「出来るっ。だって攻撃力も防御力もMAXだもん!」
男性陣は「聞いてはいけない」ような発言を聞いてしまい、あさっての方を向いたりした。
「何でそこで皆さんの顔色が悪くなるんですかっ」
すかさず望美のチェックが入る。
「…女でそれは、威張る所じゃないぞ、望美」
流石に唖然とした九郎がそう教える。
「…………………」
望美が反論出来ず黙り込む。
そのチャンスを逃さず、譲が話を進めた。
「で、どうやって説得しますか?」
しばしの沈黙の後。
「…私が行こう」
意外にも敦盛が挙手した。
「どうやってだい?まさか…」
ヒノエの言葉を遮るように望美が「ぱんっ」と手を打った。
「そっか、敦盛さんはおんりょ…もがもが」
望美の発言に慌てた将臣が望美の口を両手で塞ぐ。
「…あ、あの」
「いやぁ助かるぜ敦盛!さ、天岩戸みたいに得意の笛であいつ引きずり出してくれよな」
呆気にとられる敦盛達だが、将臣の有無を言わさぬ剣幕に無言でいた。
「わ、わかった…尽力しよう」
プレッシャーを感じつつも敦盛は頷いて知盛の部屋へと向かって行った。
数秒後、笛の音が聞こえてくる。
音が止み更に数秒後、敦盛一人が降りてきた。沈んだ顔で、
「す、すまない…何の反応も…」
と謝る。失敗だったようだ。
「シカトかよ。…よし、リズ先生。お願いします!」
「…私か?」
にわかに信じがたいらしく、動揺したリズヴァーンが将臣を見る。
「先生…嫌ならいいんですよ?」
望美が心配げにリズヴァーンを見やる。
彼にとっては望美が何を心配しているのかは分からないが、
「いや…やるだけやってみよう」
と答え、消えた。
「お、直接あいつの部屋に行くのか」
将臣が納得した直後、リズヴァーンが戻ってきて言った。
「…眠っていた」
がっくう、と皆が脱力する。
「…敦盛の笛が子守唄になっちまったか?」
「…誰か叩き起こせる人、いない?」
望美が訊く。と、周りの視線が九郎に集中した。
「お、おいっ?」
まさか、とたじろぐ九郎に弁慶がにこにこ笑顔で近寄り、ぽん、と九郎の肩に手を置いて告げた。
「さ、決まりですね。行ってらっしゃい、九郎」
「なな、何を言うんだ弁慶。あいつの寝起きが悪いのは皆が知っているだろう」
青くなる九郎。その様子をみた譲がぼそっと呟いた。
「長年働いていた会社にいきなりリストラされた課長みたいだな」
「…譲。その妙にリアリティに富んだ喩えは止めろよ…」
将臣が額を押さえてぼやいた。
そして九郎は、
「あなたが非常に尊敬する先生を越えるいい機会です。この際多少の危険には目をつぶって、源氏の将らしい所を見せてはいかがですか?」
「うう、ううう………………よし、分かった。だが、どうやって起こすんだ?」
弁慶の甘言にあっさり乗ってしまったらしい。弁慶が「にやり」と笑ったのも気付かなかった。
(……頑張って九郎さん!骨は拾ってあげるから!)
望美は心で九郎を応援した。…やられる事前提で。
そして、あるアイテムを持っていざ敵陣へ向かった九郎。いきなりドアをガンガンとノックした。
「……おいっ、知盛!昼寝は終わりだ!珍しい物があるから見てくれ!」
さすが猪突猛進で知られるだけあって直球勝負である。
「…………………やかましい」
がちゃ、とドアが開き、超絶不機嫌顔の知盛がたった一言だけ言った。
「弁慶がこんな物をくれたぞ!何やら柿の種を菓子にしたらしい。辛いらしいが、なかなか美味だと弁慶がな…」
ばたん。
「ああっ、待て知盛!話を聞け―――!!!」
即座に冷たく閉められたドアの前で、九郎の嘆きだけが空しく響いた……。
髪の跳ねも勢いが落ちた九郎に、将臣が慰めの声をかける。
「まあ、あいつと話せただけマシだ。気を落とすな」
だが九郎は、
「気休めはよせ、将臣。…俺はこれを自棄食いする」
と言いながらキッチンへと姿を消してしまい。
「あっ、オレの酒のつまみ――――!!!」
将臣の悲痛な声は九郎には届かなかった。