遥か3

□神子の災難
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【神子の災難】

「いーやーでーすーっ」
「我が儘を言わないで下さい、望美さん」
「ぜぇったい、嫌です」
「困りましたね…」
 何事かというと、事の始まりは、30分前。

 朝から、騒がしかった。特に朔や讓が。
『望美、しっかりして!』
『先輩、どうか大人しく休んでて下さい』
 日頃の戦疲れからか、ぱったり倒れた望美はそれでも平気だと意地を張り、結局倒れた。
 いつものように薬草の採取から戻った弁慶が、すぐさま九郎に捕まり、望美のもとへと引っ張られて行った時も、
『これくらい、剣の稽古でおさまるから』
 と、無謀極まりない台詞で周りを呆れさせるやら悲しませるやらおろおろさせるやらさせていた。
 話を聞いた弁慶が、早速薬湯作りにとりかかっている間も、朔と讓の説教じみた言葉が絶えず交互に聞こえてくる。
((あれでは…早々に体力が尽きますね))
 むしろさっさと自滅すれば労はないのに…と、ちらっと思った弁慶は、出来上がった薬湯を持って望美の部屋へ行った。
 やはりまだ言い合いは続いている。
『こんなんで寝てる場合じゃないよ!』
『望美ったら!どこまで無理をするつもり!?』
『そうです!先輩がちゃんと休んでくれないと、俺たちも倒れそうです!』
 泣きそうな讓に、望美はぐさっと言った。
『心配しすぎも不健康じゃない?禿げたら軽蔑するからね』
 酷い言い様に周りは絶句した。
『それよりも大丈夫だと言うなら、僕の薬湯位は飲めますよね』
 その場に来た弁慶を、望美以外が期待の目で見つめ、後は彼に任せるべく出ていってしまった。
 余程手を焼いていたらしい。ふくれ面の望美に椀を差し出す。が。
『いらない』
 あっさり拒絶された。
『おや、飲まないといつまで経ってもそこにいる事になりますよ』
 軽く脅す弁慶。だが望美は、つーんとそっぽを向いたまま。
『望美さん』
 と、弁慶が顔を向かせようとした途端に。
「いーやーでーすーっ」

 そして、冒頭に戻る。

「大丈夫だから薬湯なんていらないです」
「大丈夫という君の言葉は信用してません」
「弁慶さんが飲んで下さい」
「僕は病気ではないですよ」
「私もです」
 ここまでくると、もはや意地。望美は絶対に飲むもんか、と決めていた。
 その実、ただ単にものすごく苦いからという理由もだったりするが。
「…仕方ありませんね。じゃあ、選んで下さい。…大人しく薬湯を飲んで一日休むか、口もきくのが面倒になる程に僕に抱かれるか」
「―――――!!!」
 一瞬にして青ざめた望美は、すぐに虚勢を張った。
「そんなの、私が悲鳴あげれば済む事です」
「いや…君のあの様子を見ていた朔殿や讓くんも、他の皆さんも、恐らく今回ばかりは助けてはくれませんよ」
 我が儘を言い過ぎましたね、と笑って言われ、悔しさに望美は黙り込んだ。
 が。
「…そんな」
 うるんだ瞳と声。
「私の体だから、私が大丈夫だって言ってるのに…どうして皆、私を病人にしたがるの…」
 両手で顔を覆ってしくしくと泣く望美。
 すさまじく迫真な演技…に見えるが。
「…その手は通用しませんよ?」
 あっさり弁慶に見抜かれた。
「さて、いい加減飲んで下さい。早くしないと…」
「だだからわ私はどこもっ」
 黒いオーラを察知した望美は、布団から出ようとしてはたと止まった。
「…え。弁慶さん?」
 ぐい、と薬湯をあおる弁慶にぴたりと動きを止めたその瞬間を彼は見逃さなかった。
「っんん――――!!!」
 苦い薬湯が味覚を奪う。
 ほっとくわけにもいかず、こくん、と望美は飲み込んだ。
「やれやれ…ようやく飲ませる事が出来ました…」
「って…卑怯ですっ…ぅ…?」
 反論した望美に、目眩が襲いかかる。
「やはり、即効性の睡眠薬を入れて正解でした。…夕方には起こしてさしあげますから、どうぞゆっくり休んでください」
 くすくすと笑いながら弁慶は、すっかり眠りに落ちた望美の体を横たえ、布団をしっかり被せて部屋を出た。
 広間に行き、眠った事を伝えると、皆ようやくほっとした顔で息をついた。
「さすが弁慶だな」
「これでオレも落ち着いて洗濯が出来るよ〜」
「で?まさかオレの姫君に手を出してないよな?」
「まさか。薬湯を飲ませるのに苦労はしましたが」
 ヒノエの言葉にしれっとして嘘をつく弁慶。
 結局望美は夕方まで夢も見ず眠り、更に熱もあったのかほとんど記憶が残っていなかった。そんな望美を見た一同は、ただこっそり溜め息をつくしかなかった。

 ちなみにキツい台詞を投げつけられた譲は、しばらく鏡で毎朝後頭部をチェックしていたという…。

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