遥か3

□恋雨
1ページ/1ページ

【恋雨】

「あ、雨…」
 パラパラと音を立て、灰色の雲から雨粒が落ちてきた。
 あっという間に強くなり、散歩をしていた望美は慌てて屋敷へと走り出した。
 と。

 どんっ!

「きゃっ!」
「おっと…」
 雨で前がよく見えなかった望美は、思い切り誰かにぶつかってしまった。
 尻餅をつかなかったのは、相手がしっかり抱き止めてくれたおかげ。
「あ、ありがとうございま…」
 顔を上げて礼を言おうとした望美はびっくりして目をぱちくりとさせた。
 そこにいたのは。
「望美…さん?」
「弁慶さん!?」
 同じく驚いて望美を見る弁慶だった。
「こんな雨の中、どうしたんですか?」
 すっかり濡れてしまった望美の髪を撫で弁慶が言う。
「べ、弁慶さんこそ、どうして…」
「僕は用があったので出掛けていたんですよ。屋敷に戻っていたら、雨に降られてしまいました」
「じゃあ私と一緒ですね。私も散歩に来てたら、いきなり…くしゅっ!」
 小さくくしゃみをする望美を見て、慌てて弁慶は言った。
「いけない。風邪を引く前に戻りましょう」
「は、はい…」
 頷く望美の体を引き寄せ、弁慶は自分の衣の中に望美を招き入れた。
「君がそんなに震えているのに放っておけませんよ」
 突然の事に驚く望美の耳に、弁慶の声が心地良く響く。
「あ、ありがとう…ございます」
 赤くなって礼を述べる望美は、だが次にははにかんだ笑顔で言った。
「さ、早く帰りましょう」

 屋敷に戻った二人を皆は驚きばたばたと迎え入れて、着替えや暖かい飲み物を用意してくれた。何せ二人とも、服も髪もぎゅっと絞れば
 水が流れ出る程濡れていて体も冷えきっていたのだから。
 そして現在、望美と弁慶は、囲炉裏にあたって体を暖めていた。
「――っくしゅ!」
「大丈夫ですか、望美さん」
「は、はい…っくしゅん!」
 くしゃみの止まらない望美は、厚手の布団にくるまっている。それでも寒そうな様子に、
「よく効く薬湯を作ってあげた方が良さそうですね」
 と笑顔で言った。
 薬湯、と聞いて、うっと望美は青ざめた。
「いっ、いえ、大丈夫です、飲まなくてもっ」
 以前体調を崩した際に、それはもう苦い薬湯を飲まされて以来、薬が嫌いになった望美。
 だが、
「大丈夫ではないですよ。こじらせたらまた更に薬湯を飲むことになりますし」
 めっ、と怒られ、望美は泣きそうな顔。
「…だって、苦いんですよ〜…」
「おや、子供みたいな事を言うんですね」
「あれを苦くないっていえる人はいませんよっ」
 むうっと頬を膨らませる望美はまた、くしゅっ!とくしゃみをした。
 くすりと笑った弁慶は、望美を抱き寄せ、自分も被っていた布団で半分望美をくるんだ。
「まだ寒いんでしょう?」
「なっ、何言ってるんですか。弁慶さんこそ」
 慌てて布団から出ようとする望美を抱き寄せたまま、弁慶は、
「君とこうしていれば、寒くないですよ」
 と囁いた。
「…さっきと同じですね」
「え?」
「さっきも…弁慶さん、同じ事をしてくれました。とても…嬉しかった」
 最後の一言は微かなものだったが、至近距離の弁慶にはとてもよく聞こえた。
「…望美さん…」
「…あっ、私、何言って…わ、忘れて下さいっ」
 慌ててそう付け加える望美だが、弁慶は首を横に振る。
「嫌です。忘れたくありません」
「えっ」
 うつむいていた顔を上げると、そこには真剣な弁慶の表情。
「出来るなら、あのまま、僕の腕の中に閉じ込めて、拐っていきたかった。凍える体を僕の体で温めてあげたかったんです」
 かすれる声が、熱を伴う。
 その眼差しに、腕の力に、抗えない。
 ―――と。
「、ん…っ!?」
 いきなりの弁慶の口吻に驚く望美。
 すぐに唇を離し、弁慶は告げた。
「でも、僕は誰よりも、君を大切にしたいんです」
 だから、拐わずに戻ったのだ、と。
 あまりに衝撃的な事に声もない望美。それでも徐々に落ち着き、やがてくすくすと笑って言った。
「じゃあ、これはまだ、二人だけの秘密にしておきましょう」
「そうですね」
 くすぐるような笑いと暖かさに包まれるうちに、雨は止み空には虹。
 二人を繋げるかのように、大きな七色の橋は、澄んだ空に美しく架っていた。

―了―






〜おまけ〜

「なぁ…誰か教えてやれよ」
「俺はごめんですよ、ヒノエ」
「ったく、戦闘中もさりげなくイチャつきやがって…」
「思い出させないでくれ、兄さん」
「こっちだってそりゃ一緒だぜ。あの二人、あれで恋仲なの隠してるのか?」
「弁慶のヤツ、望美に気付かれないようにオレ達に見せ付けてるんだろ」
「せ、先輩…」
「泣くな譲。元の世界にはもっとイイ女がいる」
「その慰め方…どうかと思うけど?将臣」
「他に知らねぇよ。で…どうする?あれ」
「さりげなく邪魔してやりましょうよ」
「じゃあ譲、弁慶に一服盛るかい?」
「楽しげに恐い事を勧めんな、譲に」
「…やりたいですが…先輩の泣き顔を見たくは…」
「……じゃあほっとくか」
「しゃくに触るけど…姫君の華の笑顔が見れるわけだしね」

 はぁ、と溜め息をついた3人は、その場を後にした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ