過去の遺物

□a little word
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【a little word】

「はくしゅっ」
 朝起きた時、とても冷たい空気が神楽を包んで、思わずくしゃみをした神楽。
 布団の中に居るのに、有り得ないほど寒い。
「……雪でも降りそうな寒さアル…」
 呟いて起き上がると、眩暈がした。
「…?」
 くら、とした頭を抑え、押入れから出る。
 その足にも力が入らずへたり込む。
 丁度そこに、新八がやってきた。
「おはよう、神楽ちゃん。…あれ?何だか顔が赤いよ?」
「誰がダメガネに照れるアルか。見間違いネ」
「…ダメガネって、寝起きから毒吐かないでくれる?ちょっといい?」
 片手を神楽の額に当て、もう片手を自分の手に当てると、少しして新八は「やっぱり」と頷いた。
「熱あるよ、神楽ちゃん」
 そう言われて、神楽は首を傾げる。
「…熱?」
「風邪だとは思うけど、今日は寝てた方がいいね。僕、おかゆ作ってあげるから」
 さあさあと布団に戻され、寝かされる。
「ちょ、新八…私別に平気…っくしゅ!!」
 くしゃみがまた出る。ティッシュを箱ごと渡され、ぐすぐすと鼻をかむ。
「うー、息しづらいネ…」
 頭がぼーっとしてきた。眠いというよりは、ただただ怠い。
 そんな神楽の様子に、新八はいつもより優しく神楽の頭を撫でると、氷枕を準備する為にその場から離れた。
 それから1時間後。
「まったく、押入れだからって油断してんじゃねーよ、お前」
 ようやく起きた銀時に言われ、神楽は思わず言い返す。
「うるさいネ。寝る時はちゃんと布団被ってたヨ」
「たりめーだ。この時期に布団無しで寝れるかバカ」
 額に濡れタオル、枕は氷枕。布団は首まできっちり。
 暑いのか寒いのか、今の神楽には分からなかった。
「ほらほら、銀さん。あんまり今日は神楽ちゃんをいじめないで下さいよ」
「いやー、大人しい神楽ってのも珍しいからよ」
「…まったくもう。神楽ちゃん、薬持ってきたよ」
「えー…飲みたくないアル」
 あからさまに嫌そうな顔をする神楽。
 しかし新八はそんな事はとっくに予想していたので、
「ダメだよ。飲まないといつまでも治らないんだから。定春の散歩にも行けないままだよ?」
「……でも苦いの嫌ヨ」
「あー、じゃあアレだ。お子様用シロップで」
「アンタ何言ってんですか。病院で処方してくれるワケないでしょう」
 ことごとくいい加減なことを言う銀時に新八はわざわざ突っ込む。
「とにかく、薬を飲まなきゃこのままなんだから。ほら」
 薬の包みは明らかに中身が粉であることを物語っていた。
 粉=苦い。その認識は当たってしまうが故に、神楽を渋らせていた。
「…何だ何だー?おこちゃま神楽は粉薬も飲めませんってか?新八、オブラート持って来い」
 にやにやと意地悪く笑う銀時の言葉に、神楽はムカッとした。
「そんなもんいらねーヨ!」
「じゃあ飲めるんだよな?ほらほら、一気にぐっといけー」
 何故こんなに彼は意地悪なんだろう。
 そう思いながら、しぶしぶと神楽は薬とぬるま湯の入ったコップを手にする。
 包みを開け、水を一口含み、ざあっと薬を流し込む。
「〜〜〜〜〜〜っ」
 後は何も考えずに、一気に水で薬を喉の奥に流し込んだ。
「…ぷはあっ!!」
 どっと息をつき、神楽はコップを新八に渡した。
「うん、ちゃんと飲んだね。じゃああとは寝てるんだよ」
「じゃあ俺は外行ってくるわ。風邪うつされたらシャレんなんねーしな」
 新八はコップを置きに台所へ行き、銀時は外に出る。
「…銀ちゃん、意地悪ネ」
 病人に対してあんまりではなかろうか。
「どうしたんでしょうね。銀さん」
 新八もよく分かっていないのか、いささか不快のようだ。
「まあ何か考えてるんでしょうけど」
「そんなワケ無いネ。いつもやられてる仕返しアル」
「…いや、それはないでしょう…多分」
 そこまで子供じみた真似はしない…はず。と新八は呟く。
「治ったら覚えてろヨ…銀ちゃん」
 ささやかな復讐心と共に、神楽は眠りに落ちた。



 どのくらい経ったのか。
「…っ…」
 ぼんやりと神楽は目を覚ました。
 熱が上がったのか、息が苦しい。額のタオルがぬるい。氷枕も溶けてしまっているようだ。
「しんぱち…」
 世話を焼いてくれてるはずの新八を呼ぶが、か細く弱い声のせいか気付かないらしい。
 誰か。
 そう思うも、銀時は恐らくまだ戻っては来ず、新八も呼びに行ける程の体力が今はない。
 ひとりぼっち。そう思うと心細かった。
「うー…」
 意識が朦朧とする。また、眠りの中に落ちかける。
 そこに、人の気配がした。
 誰だろう。そう思うが目は開かない。
 じっとしている神楽の額のタオルを取り、しばらくして冷たくなったそれをまた額に置く。
 やがて、氷枕も新しく取り替えられたが、その時は既に神楽の意識は遠く。
 優しく頭を撫でられ、神楽はそれに安堵し、ようやく再び眠りに落ちた。



 そして、ふと目が覚めると。
「本当に、ありがとうございました」
 新八の声がした。誰かに礼を言っている。
「…え?あ、はい、分かりました。それじゃ、帰り、気をつけて下さいね」
 相手の声が聞こえない。
 そして新八が戻って来た時、神楽が尋ねる。
「…今の、誰?」
「うん、ちょっとね。神楽ちゃん、お腹空いてない?りんご買ってきたよ」
 あからさまにはぐらかされ、神楽は納得いかない様子だったが、喉がからからなのに気付き、飲み物を頼んだ。
 しばらくして、冷たい飲み物と摩り下ろしたりんごを新八が持ってきて、それを喉に流す。
「…新八、出かけてたアルか」
「うん。その間に、銀さんが頼んでた人が来たらしいんだ。氷枕とかタオルとか、取り替えてくれたみたいだね」
「誰アル?」
「さあ、僕も知らない人だったよ」
 そう言って、空の器を持って新八はまた台所に行く。
 …嘘だ。神楽はそう直感した。
 きっと黙ってて欲しかったのだろう、その人物は。
 だが、その理由が分からない。そして、そんなことをする人物も、神楽には思い当たらなかった。
「さ、薬飲もうか」
「……分かったアル」
 今度は素直に手に取る。
 また何も考えずに何とか飲み、そしてまた布団に入る。
 そうこうしている間に、熱は下がり、翌日には。



「おはようアル、銀ちゃん!」
 スパーン!!と引き戸を勢い良く開け、神楽は昨日の仕返しと言わんばかりに、銀時に乗っかる。
「さっさと起きるヨロシ!!」
「ぐえ…か、神楽…勘弁してくれ…」
 内臓にダイレクトにきたらしく、銀時は苦しげに呻いた。
「昨日私を苛めた罰ネ」
「だからお詫びしてやったろうがよー…」
 神楽を避け、起き上がりながら銀時はぼやく。
「?昨日のアレは銀ちゃんアルか?」
「しらねー。何かあったのか?」
「は?今お詫び言わなかったアルか」
「…さーて、寝ぼけてたから記憶ねーな。で、風邪は治ったのか」
「見ての通りネ」
 全快、といったところだろう。
 それを見て銀時は、安心したらしい。
「そーか。じゃあ銀さんはもうひと眠りするわ」
「ふざけるんじゃねーヨ!起きろ起きろ起きろ――――!!!!」
 ぽかすかと銀時を殴り、揺すり、神楽はこれでもかとばかりに布団に潜った銀時を叩き起こした。
 その日の夕方。
「あ」
「…チャイナ」
 定春の散歩中に、ばったりと沖田に出くわす神楽。
「何してるアル、サド」
「散歩でィ。…チャイナこそ」
「見てわからねーかヨ。定春の散歩ネ」
 あからさまな敵意に、沖田は怯む様子もない。
「ってこたァ、もう大丈夫ってワケかィ…」
 ぶつぶつと何やらぼやく沖田を、神楽は訝しげに見る。
「何が言いたいアル?」
「別に。じゃあな、チャイナ」
 ひらひらと手を振り、そのまま素通りする沖田だが、ふと足を止め。
「あ、そういや渡すモンがあったんでィ」
「は?」
 いらねーよ、と神楽が言うより早く、何かを投げてよこす沖田。
 つい癖でキャッチし、手を見ればいつもの酢昆布の箱。
「全快祝いでさァ。ありがたく受け取れィ」
 にやりと笑って沖田はそのまま行ってしまった。
「……???」
 神楽は一人、理解出来ない表情をして、でも貰ったそれを捨てる気にもなれなくて、しばらくぼうっと立っていた。



 万事屋に帰ると、新八が出迎えた。
「お帰り、神楽ちゃん!」
「ただいまアル」
「良かった。昨日熱出したから、心配だったよ。大丈夫みたいだね」
 いつもの人の良さそうな顔で新八は言う。
「…サド」
「は!?ちょっと、僕の何処が…」
「オメーじゃねーヨ。……ところで、いい匂いするアル」
 くんくん、と神楽が匂いを嗅ぐ仕草をすると、新八は嬉しそうに、居間へと神楽を連れていった。
 入ると、そこには。
「よー、遅かったじゃねぇか」
 銀時が笑ってソファに座り、テーブルの上には、いつもなら絶対にないご馳走。そして中央にはケーキ。
「…何のお祝いアルか?」
 きょとんとしてる神楽に、新八は苦笑して言う。
「やだな、忘れちゃったの?神楽ちゃん、誕生日だったでしょ?」
「誕生日…」
 言われて、そういえば、と記憶を辿る。
 それは昨日のことだったような。
「だから本当は昨日祝いたかったんだけど、神楽ちゃん熱を出しちゃったから。でもすぐに回復してくれて良かった」
 言いながら蝋燭に火を点ける新八。そのケーキも、手作りだということが伺えた。
 明かりを消し、蝋燭に息を吹きかけて消すんだよ、と言われ、そうして。
 ふっと消えた小さな温かい光に、ほんの少しの寂しさを覚える。
「誕生日、おめでとう。神楽ちゃん」
「これでお前も一つ、大人への階段を上ったわけだ」
「言い方他にないんですか銀さん…」
 自分の生まれた日を祝ってくれたことの嬉しさと気恥ずかしさに、小さく「ありがとう」と言いながら、服のポケットを探る。
 と、そこにあったのは、夕方に沖田から貰ったあの酢昆布。
「…プレゼントがコレなんて、しけてるネ」
 よくよく見れば、箱の底面に小さく小さく、書いてある一言。
 あの沖田がそんなことを自分からするわけがないと思ってはいるが、でも自然と顔が綻んだ。
「さ、食べよう!」
 新八の言葉に、笑顔で頷く。
 この箱だけは、捨てずに置こう。こっそりとそう思って、神楽はまたそれをポケットにしまう。
 次に会った時は、素直にお礼なんて言えやしないだろう。でもそれでいいのだ。
 いつも通り、喧嘩まがいの挨拶で。
「…ところで、結局昨日の昼間、誰が来てくれたアル?」
「え」
「あー…」
 しまったと言わんばかりに、二人は明後日の方を向く。
「だって言えば俺が怒られるじゃんよー」
「僕だって怒られます。念を押されてますから」
 二人の台詞に、ますます疑念が強くなる。
「変ネ。絶対、おかしいネ。二人とも、何でそんなに嫌がるアルか?」
「…言っても信じないよね、神楽ちゃんは」
「いや、100歩譲って信じても、理解は出来ねーだろ。何せ粉薬嫌がるおこちゃまだもんな」
「まだ言うアルか?銀ちゃん、次に風邪引いたら鼻から粉薬飲ませてやるヨ」
 本気で言っているのが分かるのか、銀時は「わりーわりー」と言って頭をわしわしと撫でた。
「……やっぱり違う」
 どれも違うのだ。新八でも、銀時でもない。
「え?」
「何でもないアル。銀ちゃんは私を苛めたからケーキ禁止ネ!」
「オイ!この銀さん手作りのケーキを独り占めすんな!!」
「今日の私は特別アル!!」
 いつもの騒ぎ。いつもの楽しさ。
 ちょっとだけの謎を残して、神楽は年に一度の特別な日を終え、眠りにつく。




 深夜、居間では。
「…あっぶねー」
「これで沖田さんってバレたら、しばらくは僕、家から出られませんよ」
「俺も外出れねーよ…」
 秘密を隠し通せた二人は、どっと安堵の息をつく。
「しかし、意外でしたね。銀さんが沖田さんに頼むなんて」
「……さすがにからかい過ぎたかなって思ったんだよ。けど余計な心配だったみてーだ」
「いや、けっこうショック受けてましたよ?病人は優しくした方が治りも早いんです。まあやりすぎも良くはないですけど。…でも何で沖田さん?」
「…………あー、それはさすがにパス。男として分かってくれや、新八」
 銀時が頑なに口を閉ざす理由。それは当事者のみぞ知る。



『Happy Birthday!』



―了―

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