過去の遺物

□夢華―ユメバナ―
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【夢華―ユメバナ―】

 欲しいものを与えられるのが夢。
 それなら、この体質と血が、自分をけして近づけない溝で。
 だけど溝でなくなって、自分が、普通の無力な女の子だったなら?
 強さなんていらない、ただの少女であったなら。
 相手を傷つけずに触れられる?
 素直になれる?
 神楽は、夢を見た。
 年相応の子供として過ごした自分が、楽しそうに他の子供と遊ぶ夢を。
 だけど。
 そこに、彼はいなかった。


「夢毒病?」
「あぁ。最近、人通りが減ってるだろ。おかしいと思って山崎に調べさせたんだがな、そんな名前の病気で眠り続ける奴らが増えてきてるって話だ」
「何でまたそんな変な病が?」
「…総悟は知ってるか。最近、天人専用の睡眠薬が出た話を」
「土方さんが愛用しているヤツですかィ?そりゃあ効きそうでさァ」
 真選組屯所内。静かな部屋の中。
 やる気の無さそうな相槌を打つのは、沖田総悟。それを睨みつけるのは、土方十四郎だ。
「…その薬は天人にしか効かない、特殊な睡眠薬だ。俺ら人間には効果ねェ」
「チッ…」
「……その病は、睡眠薬を服用した奴のみがかかっている。どうやら、元来の効用以外に、副作用としてある条件が追加されると発病するらしい」
 沖田のふざけた態度にも、珍しく土方は切れずにいる。
「その副作用ってェのは?」
「山崎が調査中だ」
「で、俺ァ何を?」
 沖田の言葉に、土方は頷いて告げる。
「…お前には一人、助けてもらう」
「?」
 治療法どころか原因も定まらぬ病でどうしろというのか。
 だが。
「万事屋のトコの、チャイナ娘だ」
 瞬時に沖田の顔色が変わったのを、土方は見逃さなかった。それが見れただけでも、大分気分は良くなった。


「あははっ、神楽ちゃん、こっちこっちー!」
「待ってよー」
 軽やかな笑い声が、雲ひとつない青空に響く。
「早くー!あっちにウサギが居るんだよー!」
 同じ年頃の少女と一緒に、日傘もなく元気に走り回れる自分。
 大好きな動物と遊べる。
 今の普通の自分なら…――でない、自分なら。
(………?)
 一瞬何かを思い出しかけ、神楽は立ち止まる。
 首を傾げてもそれはとうにすり抜けたようで、何もつかめなかった。
「かーぐーらーちゃーん!!」
 名前を呼ばれて、また走り出す。
 わずかな引っ掛かりを感じたままで。


「3日前から、起きなくなったんです」
 万事屋。いつもの布団ではなく、奥に敷かれた布団の中で眠る神楽が居て、その傍に座り、新八が、やってきた沖田に事情を説明した。
「1週間くらい前から、何か悩んでたみたいで、外にあまり出なくなって、眠れていないって言っていたから、4日前の夜…、新発売の、天人にしか効かないっていう睡眠薬を買ってきて、飲ませたんです」
 沖田ははっとする。間違いない。症例者だ。
「…その箱、見せて貰えるかィ?」
 言われて、箱を持ってくる新八。
 白い箱の裏側には、注意書き。
 中身はカプセルで、一回一錠とある。
 だが、カプセルは2個なくなっていた。
「…量は確認したのかィ?」
「ええ、ちゃんと…あれ?おかしいな…僕は1錠しか出してなかったのに…」
 睡眠薬を銀時が、ましてや新八が使うわけがない。しかも人間には効かない代物なのだ。
「すいません…僕が目を離さなかったら…」
 恐らく神楽が、不安に思って2錠飲んでしまったのだろう。
「アンタに謝られても、解決はしねェんでさァ。…チャイナの悩み、何か知ってるかィ?」
「…それは、沖田さんの方が知ってるんじゃ…」
 知らないらしい新八の言葉に苦い気分になる沖田。
「それを知っていたら、訊く必要なんかねェだろィ」
「……あ、そうか。…銀さんはさっき出かけたきり、ですし…」
 新八も今はいくつもの心配を抱えている。
 一人の身に複数の心配を抱えるには、重い。
 神楽は人に頼ることをしない。だからこそ、どれほど重いのか、計り知れなかった。
 しかし、悩みを聞こうにも、当の本人は夢の中。


「うわぁ、可愛い、ふわふわ」
「あったかいねー」
 白、黒、灰色。様々なウサギばかりが花畑の一角に集まっている。
 それぞれ思い思いにウサギを抱いたり撫でたりしている少女たちは楽しそうにはしゃぐ。
「あれ?神楽ちゃん、どうしたの?」
 神楽は一人、距離を置いてそれを見ていた。
「こっちおいでよ」
「あ、うん…」
 友達に手招きされて、おずおずと神楽はウサギに近付く。
 ウサギは逃げず、むしろ神楽に擦り寄るかのように神楽の手に鼻先を近づけた。
 だが、神楽はすぐには触れられなかった。
 何故か、怖いのだ。
 触れてしまえば、壊してしまいそうで。
 そんなわけはないのに、酷く怯えてしまう自分がいる。
「とっても柔らかいよ。触ってみなよ」
「ほら、背中とか」
 言われて、手を伸ばす。
 触れると、ふわりとした毛の感触と動物特有の温かさ。
「…気持ちいいね」
 不意に、ぽろりと涙がこぼれた。
 強い罪悪感。
 ごめんなさい、ごめんなさいと、頭の中で謝り続ける声。
「神楽ちゃん、どうしたの?」
「どこか痛いの?」
「大丈夫?」
 友人達が心配して寄ってくる。
 優しい言葉、声。なのに。
(痛いのが消えない…私のせい…私のせいで…)
 何故?


 ほろり。
 眠り続ける神楽の目尻から流れた涙に、沖田はハッとして神楽に近付く。
「チャイナ?おい!チャイナ!」
 ぺちぺち、と頬を叩くも、涙は流れたまま目は開かない。
「…神楽ちゃん…」
 新八が哀しげな声を出す。
 どんな夢を見ているのだろう。泣くほど、辛いのだろうか。
「…さっさと目ェ覚ませィ、チャイナ…」


 チャイナ、と呼ぶ声が聞こえ、神楽は空を見上げた。
「……?」
 どこかで聞いた事のある声だった。思い出せない。
 神楽は泣くのを止めた。
 声は聞こえなくなっていた。
 ふと、神楽は自分の服を見る。
 可愛い花模様のワンピース。
 ふんわりとした柔らかいピンク色のそれは、チャイナと呼ばれるには程遠い。
 自分のピンク色の髪も、まとめずに肩で流したまま。
 なのに、神楽は今の自分の格好が酷く自分に不似合いに見えた。
「…声」
「えっ?」
「どうしたの?」
「――もう、聞こえないアル…」
 呟いて、はっとして口元に手を当てる神楽。
 今、自分は何と言った?
「…ぷっ。神楽ちゃん、”アル”って中国人みたい」
 笑う友人には邪気など無くて。
 でも、神楽にはどこか責めてるような感じがした。
 そんな服で、エセ中国人のような語尾は似合わない。
「…そ、そうね。あはは…」
 戸惑いながら笑う神楽に、日差しが降り注ぐ。
 さっきまでは柔らかかったはずのそれが、今は痛く感じる。
「誰…だろう」
 さっきの声を、もう一度聞きたい。
 そう神楽は思った。


「条件は、コンプレックスだ」
「コンプレックス?」
「そうだ。銀時、テメェは気付いてたんだろ?チャイナ娘のコンプレックスに」
「あー…まあ、な…。大串君は無いの?コンプレックス」
 公園の片隅のベンチ。銀時と土方が居た。
「俺のことはいーんだよ。チャイナ娘の方が今は先だ」
「……あいつは、時々、どーしようもねえことで悩むんだよ」
 困ったように銀時が呟く。
「―――1週間前。あいつは泣きながら起きた」
 そして銀時に言ったのだ。
『怖い夢はもうイヤアル…眠りたくないネ』
「夢にうなされたのか」
「らしい。だが、その日から寝るのを嫌がって、夜中に定春と散歩に行ったり、何とかして朝まで時間を潰すようになっていった」
「…で?そんだけ眠るのが嫌になったのになんで眠ったんだ?」
 土方の疑問に、銀時は苦い顔で答えた。
「新八の奴が、薬を飲ませたんだよ。眠らないのは体に悪いっつってな」
「…もしかしなくても、それがさっき俺が言ってた薬か」
 頷く銀時。苦い気分のまま、土方は告げた。
「原因はわかっても、取り除く術なんざねェよ。吐き出させようにも、3日前じゃとっくに消化だ」
「眠り姫みてーだな…」
 誰も起こせず、時を100年の間止め続けた姫。
 神楽もそうなるのだろうか。
「そうなると、王子のキスが目覚ましか?」
 にやり、と土方が笑う。
「ベタすぎないそれ?大串君。しかもあいつの王子って…」
 嫌そうな銀時の言葉に、土方は更に楽しそうに追い討ちをかけた。
「――心配ねェだろ。うちのサド王子は、てめェんトコのチャイナ娘には甘ェからな」
「ぎ、銀さんは…お父さんは反たぁぁぁぁいぃ!!!」
 銀時の悲壮な叫びが、青空にこだました。


 条件は、個人のコンプレックス。
 その報告を受けた沖田と新八は、思わず苦い顔をした。
「…確信なんてないですけど、神楽ちゃんなら、多分…」
「夜兎族の血…かィ」
 頷く新八。
「いつも日傘を差して、太陽から身を守って…夜兎族だからっていうだけで、辛い思いをしてきたと思うんです。僕らに会った時もそうだった。夜兎族特有の戦闘能力を利用されて逃げ出してきたところだったんです。その時から、僕らは一緒にいるけれど…最初は笑ってすらくれなかった」
 語りに、沖田は黙って耳を傾ける。
「――それが、お花見の時…覚えてますか。沖田さんと喧嘩したっていうのに、神楽ちゃんは楽しそうでした。帰り道もずっと気分が高揚していて、心配にすらなりました。でも、純粋に自分なりに楽しめたことが、とても嬉しかったみたいで…」
 花見、と聞いて、沖田は目を丸くした。
 あれを忘れるわけがない。
 最後は喧嘩になっていたとしても、あの騒ぎはけして悪いものじゃなかった。
 自分も神楽という少女に出会い、初めて自分と同等に渡れる存在を見つけて嬉しかった。
「あの辺りから、神楽ちゃんの笑顔を見る機会が多くなっていった気がするんです。――沖田さん、あなたの存在があるからこそだと、僕は思ってます」
 そう締めくくると、新八は立ち上がり、玄関へ向かって歩き出した。
「メガネ?どこへ行くんでィ?」
「…僕には僕のすべきことがありますから。沖田さんは、神楽ちゃんを…頼みますよ」
 振り向かずに、新八は出て行った。
「……言われなくても、守ってやらァ」
 聞こえなくても返した沖田は、神楽の髪を撫でる。
「…夢ばっかり見てねェで、現実見ろ…チャイナ」
 起こし方など分からない。でも。
 傍に居たくて、居るということを証明したくて、神楽の手をきゅっと握る沖田。
 ふと微かに、神楽がぴくりと反応したのだが、それだけだった。
「早く起きろ…」
 切なげに呟く沖田の声が、静まり返った部屋に虚しく溶けた。
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