□歯車【甘】
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自分の中の感情が渦を巻いているのが嫌でもわかった。


理由なんてものは目に見えるように分かっている。



俺の視線の先にいる人物。


その人物が話している相手が、男でも女でも俺の心の中の感情は掻き乱される。




「へーそうなんだ。じゃあ今度一緒に行こうよ。」


「マジで!?じゃあさ、いつにする?」


「えーっと‥ちょっと待って」




見た目は綺麗だけど、触れると少し傷んだ髪。


細くてもう運動もしていない身体だけど、脱げば結構筋肉が付いてて力もある。



全部全部、俺だけのもの。


クラスメイトはそんなあいつの事なんて知る由もないだろう。




「わかった、じゃあ日曜日な」


「おう、了解!」




教室に戻ってくるそいつと、ふと目が合う。


へらっと俺に笑って見せるが、俺はそっぽを向いた。



何か悪い事したっけ?と頭を掻くような仕草をしながら考えるが、きっと心当たりはないだろう。


だって俺が一方的に怒っているだけなのだから。




「泉、なんか怒ってる?」


「‥怒ってない」


「嘘。眉間にシワ寄ってるぞ。」


「触んなよ」




その手を払いのけると、俺は浜田を睨み付けて言葉の刃を向ける。


ああ、そんな事が言いたいんじゃない。


俺が言いたいことはもっと違う事なのに。




「‥どうしたんだよ、急に」


「うるせぇ、イライラしてんだ。話しかけんなよ。」


「どうして?」


「しつけぇな‥ほっとけって言ってるだろ!」




感情の歯車が回り出す。


噛みあわせが悪くてギシギシと軋みながら回転する。



その歯車は回る度に俺の心を削っていくようで。


言葉の歯車も止まらなくなっていく。




「ねぇ、泉」


「なんだよ‥ほっとけって言っただろ」


「どうして泣いてるの?」


「え‥?」




泣いてなんかいなかった。


頬に触れてみても、水滴なんかついてない。



どうして、どうして、泣いてもないのにそんなことを言うの?



俺はお前に怒っているのに。




「周りから見れば泉は怒っているんだろうけど、俺には泣いているように見えるんだよね」


「なんで‥泣いてると思うんだよ」


「泉が怒るときは、大抵泣いてるんだよね」


「俺は‥お前に怒ってて‥」


「俺の事で、泣いてたんだろ?」




怒っている、そのはずなのに。


その心は確かに泣いているようだった。



悲しいと言う感情にまとめてしまうには、あまりにも安すぎる。


自分でもよく分からない感情に支配されて、俺は迷子になる。




「見てた?さっきの‥」


「あ、あぁ‥友達と話してたの‥?」


「うん。泉、話聞いてたよね?」


「いや、そこまでは聞いてな‥」


「聞いてたよね?」




図星をつかれて俺はドキッとした。


なにもかも見透かしたような視線。



それは俺が聞いていたということを確信した眼差しだった。




「な‥んで‥わかったんだよ‥」


「俺も見てたから。泉のこと」


「え‥?だって‥視線なんて合わなかったし‥」


「あれだけ見つめられてたら嫌でもわかるし、俺も泉の事しか頭になかった。」




あれは完全に、何処かへ遊びに行く約束をしていた。


なのに俺の視線に気づいて、なおかつ俺の事を考えていたって言うのか?




「あれね、ドーナッツ屋の話してたんだ。話聞いたら、泉が好きそうだと思って。」


「日曜日って‥いつも俺がお前の家に行く日だろ?なのになんで‥」


「泉が部活から帰ってくる時には家に居るよ。一緒に食べようと思って」


「‥他の奴と遊ぶんだと思った。俺を放っておいて‥」


「そんなことするわけないだろ、泉が一番に決まってる」




噛みあわなかった歯車が削れて、段々と噛みあっていく。


いつしかそれはくるくると正常に回転し始めて、胸に詰まったものが溶けていくようだった。




「泉、嫉妬した?」


「‥したに決まってんだろ」


「可愛い。好き」


「ばか、学校だぞ」


「学校でそんな大告白した人に言われても説得力ないよ」




カランと胸の痛みが音を立てて消えた。



この感情をなんと例えよう?



コイツに掻き乱された感情は、コイツしか修復することは出来ない。




「日曜日‥楽しみにしてる。ドーナッツを買うだけで、他には何処も行くなよ。」


「わかってる。他の奴と行く場所なんて興味ない。」




世界には俺とお前。


それだけ居れば十分だ。



今日は金曜日。


今週も、週末がやってくる。




fin.




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