■桜蘭高校ホスト部■
□パンドラ
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「だが、1番愚かなのは俺だな。今の俺は…大人げないほど執着している」
「彼ら」と出会って、鏡夜は気付いてしまった。
――お前は他人を利用したいわけじゃない。
誰かに必要とされたいだけ。
――あなたは利益が欲しかったんじゃない。
ただ…愛されたいだけ。
幼い頃から心の底に固く固くしまっていた思いを、彼らはずかずかと俺の心に入り込んで、俺に気付かせてしまった。
それは俺の胸に痛みを与えた。
一瞬で俺の生き方をひっくり返してしまったその罪に、おまえ達は気付いているのだろうか。
まるでそれはパンドラの箱。
人を想うことは、甘美な喜びを与える半面、醜い思いも生み出す事を知る。
狂った3つの歯車は、形を変えて動き出した。
鏡夜はハルヒへ向き直り、両手でその両頬を包み込むようにしてまっすぐに見つめた。
柔らかな頬。澄んだ瞳。
そして、ほころび始めた桜のつぼみのような、みずみずしい唇。
「先輩?どうしたんですか?」
あと少し距離を詰めれば、唇を触れ合わせることができる。
そんな距離なのに、ハルヒは避けようともしない。
「おまえは自分の罪に一生気付かないのだろうな」
憎いほど愛しい人の、その眼差しを目の奥に焼き付ける。
俺はおまえに、なにをしてやれるだろう。
いや、今の俺にできることはひとつだけだ。
それはわかっている。
だが、このまま彼女を腕の中に抱いてしまえば、歯車を止めることができるかもしれない…。
息がかかるほどの距離で静かに見つめ合う2人の間を、風が通り抜ける。
止まった時間を再び動かしたのは、「彼」の声だった。
「早く降りて来いよ!部員の集合写真を撮るぞ!」
中庭から窓を見上げる金髪の男が、無邪気に手を振っている。
「はい!今行きますから!」
ハルヒは自然な仕種でスルリと鏡夜の手から離れると、窓から乗り出すようにして大きく手を振り返す。
なによりも眩しいのは、彼に向けられた笑顔。
鏡夜は自嘲ぎみに笑う。
もうとっくに答えは出ていたのに。
いざとなると心が迷う。
情けないほど大人げない。
「行きましょう、鏡夜先輩」
ハルヒはドアを開けて鏡夜を待つ。
「先に降りていてくれ。俺は荷物の手配を済ませてから行くよ」
ハルヒは、わかりました、と部屋を出たが、ふと思い付いたように顔だけをこちらにひょっこりと出した。
「先輩、卒業おめでとうございます」
まだ言ってなかったですよね、と笑って言う。
鏡夜も静かに微笑みを返す。
「2年間、世話になったな」
「なに殊勝なこと言ってるんですか?雪でも降るんじゃないかな!」
ハルヒはいつもの軽口で答えながら部屋を出ていった。
一人になった鏡夜は、閉じられたドアに向かってつぶやく。
「さようなら、ハルヒ」
一度ひらいたパンドラの箱は、もう二度と元には戻らない。
今の俺に出来ることは。
このまま2人の前から消えること。
どうか、環と幸せに…。
胸ポケットから覗くアメリカ行きのチケットが、春の暖かい風にかすかに揺れた。
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