■桜蘭高校ホスト部■
□続・軽井沢にて
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「お父さんは心配で一睡もできなかったんだぞぉ〜〜!」
環はそう叫ぶと、朝食のテーブルの準備をするハルヒに駆け寄ってガッシリと抱きしめた。
「ちょっと!朝から何の騒ぎですか?環先輩も、光も馨も!」
遅れて駆けつけた双子は環を強引に突き飛ばすと、今度は自分達がハルヒの左右の肩に手を置いて仰々しく言う。
「よかったぁ、間に合ったみたいだね。鏡夜先輩ってもんのすごい低血圧だから…」
「あの人、寝起きはそりゃもう恐ろしい『魔王』だからね!」
「え?なにそれ?」
話が見えないという風に首を傾げるハルヒ。
双子の足元にうずくまっていた環は勢いよく起き上がり、人差し指を立ててグイッとハルヒの鼻先に近づけた。
「俺たちはハルヒに怖い思いをさせまいと決死の覚悟でやってきたのだっ!」
ハルヒが知らないのも無理はない。
付き合いの長いホスト部員たちは、鏡夜の寝起きの恐ろしさを身をもって体験していた。
もしハルヒが鏡夜を起こしに行ったら、どんな恐ろしい目にあうか…。
そう思うと居ても立ってもいられず、3人は朝っぱらからハルヒのもとへ駆け付けたのだ。
「よし!光、馨!いざ魔王の棲家へ乗り込もうぞ!」
「「ラジャー!」」
「…だれが魔王だって?」
こぶしを振りかざして意気込んだ環と双子は、その冷たい声にギクリと凍りついた。
振り向くと、鏡夜が一人でテーブルについて新聞を広げていた。
中指でつと眼鏡を押し上げると、環と双子に冷ややかな視線を向ける。
「鏡夜っ!おまえ、こんなに早くにどうやって起きたんだっ?」
環は驚いて声を張り上げる。
双子はちゃっかりと環の背後に隠れるようにして様子をうかがう。
おびえる3人に、ハルヒはきょとんとした顔で言う。
「鏡夜先輩のことは自分がさっき起こしに行ったんですよ。それがどうかしたんですか?」
「おまえっ!魔王を起こして平気だったのかっ?何もされなかったか?」
「え?別になにも…」
「そんなはずないだろう!鏡夜は暴言を吐いたりしなかったか?シネとかクズとかアホとか…」
かつての恐怖を思い出して、ガクガクと震えながら環は言う。
しかし当のハルヒは「そんなことないですよ」と笑い飛ばした。
「鏡夜先輩には手作りの『特製朝ごはん』を作る約束をしていたので、他のお客さんより早く朝食に来てもらうように昨夜からお願いしてたんです」
それを聞いた環は、まるでステージ上でスポットライトを当てられている役者のような大げさな仕草で頭を抱える。
「まさかあの鏡夜が…おとなしく起きるなんて…」
環はふらりとよろめくと、信じられないというようにかぶりを振って、ぶつぶつと独り言を言いながら庭のほうへと歩いていってしまった。
「鏡夜が…早起き…ハルヒの朝ごはんを…」
「ちょっと殿!どこ行くんだよ!」
環を追って光もあわてて庭に出ていく。
呆気に取られて見ていたハルヒは、「…なんの用だったんだろ?」と呟いてキッチンの奥へと戻っていった。
鏡夜はそんな騒ぎには無関心の様子で、一人涼しい顔でセルフサービスのモーニングコーヒーを飲みながら、優雅な朝のひとときを過ごしている。
一人になった馨は、ニヤニヤしながらそっと鏡夜のテーブルに近づいた。
「へえ〜、そんな密約があったんだ。ハルヒ手作りの『特製朝ごはん』。」
様子をうかがうように、ちらりと新聞越しに鏡夜の顔を覗き込む。
「一応、勝者だからな。多少の見返りがあってもいいかと思ってね」
まあ、たいした見返りでもないが、と鏡夜はつまらなそうに言う。
馨の言葉に答えながらも新聞から目を離さない鏡夜に、ふうん、と馨は意味ありげにつぶやく。
「その「たいしたことない見返り」のために、魔王サマがすんなりと早起きしちゃうとはね」
その言葉に鏡夜は新聞をめくる手を止めて、馨へチラッと視線を向ける。
「どういう意味だ?」
「わからなければ別にいいけど」
馨は口元に笑い浮かべて軽い口調で続けたが、そのまなざしはどこか真剣だった。
そんな馨の態度に鏡夜はなにか口を開きかけたが、すぐに面倒臭そうに視線を逸らす。
そして何事もなかったように、小さなあくびをかみ殺してコーヒーカップを口に運ぶ。
(鏡夜先輩も、僕たちと同じなんだ)
馨は心の中でそう呟いた。
――いつか、みんなが自分の気持ちに正直になった時。
僕らの関係は、どう変わってしまうんだろう。
fin.