■桜蘭高校ホスト部■

□よみきりSS集
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■移り香■



「先輩、香水つけてるんですか?」

ふわりと風にのって届いた甘い香りに、ハルヒはふと手を止める。


「いや、べつに?」

部員が帰った後に一日の売上を計算していた鏡夜は、ノートパソコンに向かったまま顔も上げずに答える。
ハルヒはソファーの隣に座る鏡夜の横顔をじっと見上げた。

今この部屋にいるのはハルヒと鏡夜だけ。この香りは間違いなく鏡夜のものだ。

キャラメルのような柔らかくかわいらしい香り。

鏡夜には似合わない、女の子の香水。


ハルヒは鏡夜の胸元に顔を近づけると、くんくんと犬のように鼻を鳴らす。


「おい、もう少しなんだから邪魔するな」

「だってここから匂うんです。甘い香りが」

「…といわれても思い当たることはないが。お前の気のせいじゃないのか?」


あくまでもクールな鏡夜の口調にハルヒはムッとして頬をふくらませる。
胸元から女の子の香水のニオイをプンプンさせているなんて、プレイボーイの証拠ではないか。

ハルヒはムキになって身を乗り出し、鏡夜の胸に顔を埋めるようにして香りを確かめる。


「おい、よせって…」

鏡夜はそんなハルヒを呆れたように見ていたが、ふと思い付いたように胸ポケットに手を伸ばした。


「すっかり忘れていたが、もしかするとこれか?」


取り出したのは一通の手紙だった。
宛名には小さな丸みを帯びた字で、鏡夜さまへ、と書かれている。まぎれもなくラブレターだ。

「今朝、教室で渡されたものだが、どうやら香が染み込ませてあったようだな」

「それ、ラブレターですよね」

「恐らくそうだろうな」

「今月で何通目ですか、それ…」

こんなことは日常茶飯事だ。鏡夜は校内では目立つ存在で、家柄も容姿もいい女の子たちがいつも鏡夜に熱い視線を送っているのだ。

ハルヒは無言のまま鏡夜を見上げる。


自分というものがありながら、どうして受け取っちゃうんですか?
断ることだってできるでしょ?


…そう思っても、口に出すことはできなくて。

家柄もないし、先輩と釣り合うような美人でもない。今は庶民の自分が先輩には新鮮で珍しく映るのだろうけど、いつかそれに飽きてしまったら…。
きっといつかは、そんな日が…。


「ハルヒ」

「え?…うわっ」


急に名前を呼ばれてハルヒは鏡夜から身を離して顔を上げようとした。だが次の瞬間、グイッと肩を引かれたかと思うと、頬に鏡夜の体温を感じた。

鏡夜がハルヒを自分の胸に押し付けるようにして抱き留めたのだ。
ハルヒはとっさに身体を離そうとしたが、鏡夜の強い腕に引き戻されてしまう。


「ちょ、なんですか急に!」

「いいから。しばらくこうしていろ」

「なっ!しばらくって…どのくらいですか」


一瞬の沈黙のあと、鏡夜は優しく囁いた。






「…俺の身体にお前の香りが移るまで、だよ」




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