■桜蘭高校ホスト部■

□雨音の五線譜
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淡く色づくあじさい、霧雨に白く滲む風景。

こんな優しい雨ならキライじゃないけれど…。


「あれぇ?風が強くなってきたねー」
「予報では雷雨注意報が出ていたな」
「今日はお客さん少ないかもねぇ」


ホスト部はまだ営業前の準備中。ハニー先輩とモリ先輩が窓の外を見て言った。

その言葉通り、遠くの空からゆっくりと真っ黒な厚い雲が近づいて来ていた。

ハルヒはガタンと椅子をならして立ち上がる。

「どしたのハルヒ?」
「え、うん…教室に忘れ物しちゃったみたいで。ちょっと取ってくる!」

そう言うと逃げるように音楽室を飛び出した。



部室である第三音楽室は窓も大きく、校庭にむかって視界がひらけている。あそこで雷が鳴り始めたら、きっと自分は平常心ではいられないだろう。


(どこか隠れられる場所があればいいんだけど…。)


豪奢な造りの校舎は、廊下も教室も壁一面の大きな窓がはめられていた。これではどこに行っても心休まる場所はなさそうだ。ガラス窓を叩く雨音はだんだんと大きくなり、雷雲が確実に近づいているのを感じさせる。

もう時間の問題だ。
みるみる暗くなる空の色に心細さを感じながら、ハルヒは廊下を駆けた。



と、その時。

「おい!どこへ行くつもりだ?」
「えっ…?」

後ろから急に腕を掴まれ、ハルヒは立ち止まった。

高校生にもなってカミナリに取り乱してしまうなんて、恥ずかしくて部員たちにも言ってない。

ただ一人知っているのは、あの別荘の夜に一緒だった、彼。

「鏡夜先輩…」

「ったく…闇雲に走ったって仕方ないだろう!」

叱るような厳しい口調にハルヒはビクッと鏡夜を見上げる。だがその顔は言葉とは裏腹に、安堵の色を含んだ優しい表情だった。

近づく雷雲に気付いた鏡夜は、ハルヒの様子を案じて見守っていたのだ。案の定そわそわし始めたハルヒが突然部室を飛び出してしまったので慌てて追ってきたのだった。


「お前、逃げ足だけは早いな…。で?どこに逃げるつもりだったんだ?まさか本当にあてもなく走り回るつもりじゃないだろうね」

「え…っと、それは」

実のところ、行き先があったわけじゃない。あの部屋から逃げ出す事だけしか考えていなかったのだ。
ハルヒはモゴモゴと言い淀む。

「体育館のロッカールームとか…」

「今はちょうど部活動中だ。ロッカーに潜り込んだら運動部につまみ出されるぞ」

「あ、写真部の暗室なら窓がなくていいかも」

「部外者が簡単に入れると思うか?」

「じゃあ校内放送室。用がなければ誰も使わないし、防音されてるし」

「…ふん、それはなかなかいい選択だが、俺ならもっと適切な場所を知っているが?」

「じゃあ早く教えてくださいっ!」

ゴロゴロ…と空が唸る音が聞こえ、ハルヒは落ち着きをなくして言うと、鏡夜も窓の外を見上げて深刻な表情になる。

「もう急いだほうがいいな。ついておいで、ハルヒ」


しっかりと耳を塞いで、怯えた子猫のように背中を丸めているハルヒを抱えて連れてきたのは、ハルヒがさっき逃げ出したばかりの第三音楽室だった。

「先輩っ!ここはムリ…っ」

「いいから入れ」


有無も言わさず、鏡夜はドアを開けるとハルヒを中に押し込んだ。



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