■桜蘭高校ホスト部■
□続・軽井沢にて
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あいかわらずホスト部員の「さわやかアルバイト選手権」は続いていた…。
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「さっきまであんなに騒がしかったのに、みんな静かですね。まじめに働いてるみたいだし」
キッチンを任されたハルヒは、泡立つスポンジを手にグラスを洗っていた。
汚れた食器がずいぶん溜まっていたが、家事は得意なので苦とは思わない。
むしろ好きな仕事だ。
鏡夜が参戦したことによってハルヒの仕事はずいぶんと楽になった。
今まで爽やかさのアピールだけで実際ほとんど役に立っていなかった(むしろ邪魔ばかりしていた)部員たちに、鏡夜は的確な指示を出してスムーズに仕事を進めさせたのだ。
環のピアノや双子の兄弟愛もかなり美鈴さんに気に入られていたのだが。
しかし普段から人の心を掌握することに長けている鏡夜のことだ。
彼が本気になったら誰もかなわない。
「でも鏡夜先輩、とくに何もしてないですよね…?」
「なにを言う。的確に人を使うのも仕事のうちだ」
手際よく食器を片付けはじめたハルヒを横目で見ながら、鏡夜は壁に寄りかかってアイスコーヒーを飲んでいる。
カラン…とドアベルの音が鳴る。
「ただいま!店番させてごめんね〜!つい話が長引いちゃって…」
親しい常連客の見送りに出ていた美鈴さんが戻って来たのだった。
美鈴さんは壁の時計を見ると、あら大変!といそいそとキッチンへ顔を出す。
「あ、鏡夜くん!3時に予約のお客様が来るはずなんだけど…」
時計はもう3時を少し過ぎている。
「ええ、道がわからないと電話があって、環がバス停まで迎えに出ています。ルームメイクはモリ先輩が。光と馨には引き続きホールの接客担当をさせています。ハルヒ、グラスの用意はできているね?」
よし、と鏡夜はメガネを軽く押し上げ、余裕の表情で現状を報告をする。
「それから先ほど酒屋に追加注文をしておきました。今日は湿度があるので夜はビールが多く出るでしょうからね。あと、3番ルームの奥様がお誕生日だというので、ハニー先輩の別荘のパティシエにちょっとしたお土産を用意してもらっています」
流れるようにそこまで言うと、鏡夜はニッコリ笑う。
「それより美鈴さん、外は暑かったでしょう?冷たいものでも用意しましょう。アイスコーヒーでよろしいですか?」
爽やかに微笑んだまま、鏡夜は視線をハルヒに向ける。
「…それは『アイスコーヒーを用意しろ』って意味ですね?」
ハルヒはため息をつきながらも鏡夜の無言の命令に従うのだった。
鏡夜は美鈴さんの行動の先回りをして、必要な仕事は部員の得意分野にあわせて割り振る。
当然、美鈴さんはご満悦だ。
「鏡夜くんに任せておけば大丈夫ね〜!」
「そんな風に言っていただけて光栄です」
ニッコリ。
鏡夜の知的な微笑は人に好印象を与えるのだ。
…もちろんそれも計算のうちだが。
「この勝負、最有力候補は鏡夜先輩だな…」
ハルヒはそう確信していた。
そして数時間後。
ハルヒの予想通り、優勝者は鏡夜に決まったのだった。
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鳥のさえずりと共に、大きく開けた窓からやわらかい朝日が差し込む。
6時を少し過ぎた頃、キッチンにはコーヒーの香ばしい香りが漂いはじめた。
ホールには人影はなく、客はまだ誰も起きて来ていないようだ。
じっとりと暑い東京とは違う、爽やかな避暑地の朝。
その穏やかな風景を打ち壊すように、環と双子たちがドタバタとペンションへ押しかけてきた。
「ハルヒィィィ〜!無事だったかぁ〜!」
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