■桜蘭高校ホスト部■
□白いカレンダー
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ふわぁ、と欠伸をひとつすると、ハルヒは手にしていたシャーペンを取り落とした。
「あ、すみません」
二人だけの自習室にカラカラとシャーペンの転がる音が響く。ハルヒは慌ててそれを拾うが、すっかり集中力が切れたのか再びノートに向かう様子はない。
シャーペンを親指の背で器用に回しながら、壁に貼られたカレンダーをぼんやりと見上げていた。
「もうすぐ夏休みですよ、先輩」
「ああ」
俺はキーボードを叩く手を止める事なく答えた。わざわざ言われなくても解り切った事だ。学期末に提出する課題を溜め込んだハルヒに付き合わされて、こうして居残りしているのだから。
俺のレポートの期日も迫っていたが、ハルヒと違って日頃から計画的に進めている。この分なら今日にでも提出できそうだ。
「今年は猛暑になるってホントかなあ」
独り言ともつかないハルヒの呟きを適当に聞き流しながら、俺はレポートに集中していた。
「先輩って色白だし、日焼けで赤くなっちゃうヒトですか」
「だな」
「海とか苦手ですか」
「苦手ではないが」
「じゃあ好きですか」
「…別に好きでもない」
どっちなんですかー、とハルヒは呆れた声を出すが、俺はパソコン画面に目を向けたまま手を休めない。
「先輩、夏休みは何か予定あるんですか」
「特にないな」
「自分も今年はバイトがないんでヒマなんです」
「ああ」
ハルヒは毎年、知人のペンションでバイトをしていたが、最近はオーナーの娘が手伝いに通うようになったらしいのだ。不仲だった父娘の関係修復には我がホスト部も手を貸したので、その後もうまくやっていると聞けば悪い気はしない。
それにしても個性的な父娘だったな、と思い出していると、『人の話、聞いてます?』とでも言いたげな顔で、ハルヒがこちらを軽く睨みつけていた。
…なんだその目は。
別に無視していたわけではないのだ。手は止めないが話はちゃんと聞いていた。そんな目で見られるとは心外だ。
俺は内心わずかにうろたえたが、努めて冷静な表情を作る。
「無駄口はそれくらいにしろ。気が散るだろう。ほら、おまえもさっきから全然進んでないじゃないか」
「…わかってますよ」
話を打ち切られ、憮然とした顔でハルヒはノートに向かう。だが相変わらず右手はシャーペンをもてあそんでいる。
まったく困ったヤツだ。
「ねえ先輩」
「…今度はなんだ」
「先輩は、ビキニとワンピースどっちが好きですか」
「はッ!?」
予想もしなかった言葉に、俺は素頓狂な声を上げた。
俺のその派手な驚きように相手も驚いたようで、くりくりとした目を大きくしばたいていた。
「…ひょっとして、おまえは俺を海に誘ってるのか」
「気付くの遅すぎですよ」
ここまで言わないと気付かないんですか、と頬を膨らませるハルヒに、人のことを言えた柄かと言ってやりたいが、まあいい。
「真夏にわざわざ無防備な格好で、自ら日に焼かれに行くなど愚の骨頂だと思うが…」
俺はパタンとノートパソコンを閉じた。
「…おまえとだったら行ってもいいぞ」
レポートの締め切りよりも重要な話をしようじゃないか。話すことは山ほどあるのだ。
壁のカレンダーの空白を埋め尽くすほどに。
=end=
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